2014年1月29日水曜日

焼肉屋では誰もがキャッホーな気分になる

数日前に遠恋中の彼女が急遽こっちに来ることになり、現在また我が家に滞在中なのですが、今日はふとした思いつきで焼肉屋に行ってきたのでした。

・焼肉ってなんか盛り上がるよねw


あまり焼肉屋に行く方ではなく、実際京都に来てからこうして焼肉屋に行くのはこれが初めてだったりするのですが、まぁたまにはいいだろうということで...。(丁度焼肉&サラダバーでんというお店が、29日ということでイベントやっててベストタイミングだったんですよねw)でも盛り上がりますよね、焼肉ってやっぱり。今月もあと2日で終わり。相変わらず光の速度で時は過ぎていきますが、それもこれも充実してる証拠ってことにしておきましょう。そんなところでありますが、本日はこれにて失礼したいと思います,ジベリ!

2014年1月16日木曜日

高架下の店には当たりが多い

・茶屋町の高架下にはお洒落な店が沢山...

今日はまた就活で大阪に行ってました。実は明後日もまた大阪なんですが、まぁここにきてまた忙しくなったなというところです。(大詰めも大詰めですからね...。)今日は朝から殆ど一日仕事で、終わったのは午後4時頃。それからちょっと梅田へと向かい、今日はこれまで行ったことのないお店に立ち寄ってきました。

・ハンバーガー(500円)とイタリアンソーダー(480円)

それが茶屋町の高架下にある梅田NOON + CAFEというところ。以前近くを通ったときから気になってたお店だったんですよね。まだ夕食にはちょっと早い時間だったので、なんか軽食をということでハンバーガーを食べてきました。飲み物はお酒...ではなくイタリアンソーダー。(クランベリーとかラズベリーがたっぷり入ってます)ちなみに横にある本は、僕が大学の図書館に入れて貰ったリチャード・コシミズさんの本。今朝お京阪でこれを読んでいると、本のタイトルを見て沢山の人が目を白黒させていたのが面白かったですね。不正選挙Tシャツのときもまぁこんなリアクションなんですが、ちょっとでも気になってネット検索でもして貰えれば、作戦成功ってワケですなw ちなみに件の不正選挙Tシャツはこちらで買えますので、気になる方はどうぞ見てみてください。(トリモロス君バッジも売ってます^^)

2014年1月10日金曜日

稲荷大社は意外と広いから迷子にならないように気をつけろ

・神宝神社は伏見稲荷大社の境内にある由緒正しい神社

・稲荷大社といえばこの千本鳥居

京都に戻り、はや4日になるのですが、今日はちょっと息抜きついでに伏見稲荷大社に出掛けてきました。(ここ数日は大学の方の課題をやるのでほとんど部屋に籠りっきりだったんですよねw)年が明けてもうすぐ2週間ということになるのですが、未だに初詣に来る人は多いようで、平日にも関わらず境内は多くの参拝客で賑わいを見せていました。

・初詣客で賑わう稲荷大社

初詣においては近畿地方で1位、そして全国でも4位の参拝客を集めるという稲荷大社は、年が明けて10日になる平日の今日も大盛況。でも稲荷大社の歴史って意外と多くの人が知らないんですよね。ただ、それもそのはずというところもあり、実際調べてみると結構ミステリアスな場所なんですね。「稲荷」という名前から分かるように、稲荷神は稲作・農作に縁のある神様と理解されているのですが、そもそもこれはある意味後付けであり、神社のある稲荷山という地名も元々は「伊奈利山」と書いたのです。ではこの漢字にはどのような意味があるのかというと、漢字伝来以前の日本語を無理やり漢字変換した、いわゆる「当て字」であり別段意味があるワケではないのですね。

・ミステリーゾーン、稲荷大社

「じゃあ、イナリって何なんだよwww」って思うかもしれませんがそれは一旦置いておくとして、そもそものここの歴史を振り返ってみましょう。8世紀に勅命(天皇からの命)を受けた秦氏によってここに神が祀られたのがそもそもの起源であるとされるのですが、この「秦氏」というのがまた厄介なんですよ。秦氏が渡来人なのはほぼ疑いようのないこととして、はてさてどこから来たのかということなんです。で、よくよく調べると浮かび上がるのは「ユダヤ」の3文字。


不思議なことに、そもそも神道とユダヤ教には共通点が多いのですが、それはここでは置いておくとして、先程の「イナリ」に話を戻します。話は一気に聖書へと飛ぶことになるのですが、新約聖書の「ヨハネによる福音書」に「IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」(ユダヤ人の王、ナザレのイエス)という一文が登場するのをご存知でしょうか?これはそもそもイエス・キリストが磔刑に処された際、その十字架に掲げられた罪状書きの文であり、これを省略した「INRI」の4文字がその後の宗教画や彫刻には残されているのですが、ちょっと待ってくださいよ...INRI...これって「いなり」と何となく響きが似ていませんか?「アホかお前はw キリスト教が日本に入ってきたのはry...」と思っているそこの貴方。忘れてませんか?秦氏のユダヤ人説を...。「伝わって」いなくとも「知っていた」んですよ。そしてそれを形にした、それもかなり精巧な方法で。現時点での推論はそんなところです。

・大秦景教流行中国碑(画像はWiki先生より9

また余談ですが、日本にキリスト教が伝わったのは、どんなに遅く見積もっても8世紀です。たしかにカトリック(つまりアタナシウス派)が伝来したのは1549年ですが、それ以前にキリスト教は景教(つまりネストリウス派)として伝来していたのです。中国では上の画像にある石碑が作られるほどに流行していた景教ですが、少なくとも直接的にこれが日本で流行することはなかったというだけの話であり、実際弘法大師はその経緯からして確実に景教に触れていると推測されます。(不思議なことに景教と密教も少なからず似通った点があるんですよね...)

・え...そうだったの?(撮影は9月参拝時)

で、稲荷大社絡みでもう1つ情報を与えておくと、稲荷大社の主たるイメージ要素であるあのキツネ。実はこれも後付けなんですね。日本武尊を助ける白狐のエピソードからも分かるように、そもそも狐というのは日本において神聖なものとされる存在でした。時を経て稲荷大社の主祭神である宇迦之御魂神(うたかのみたまのかみ)の別名である御饌津神(みけつのかみ)が狐の古名である「けつ」を用いて「三狐神」と当て字されるようになると稲荷の狐は「稲荷神の使い」と捉えられるようになり、更に時を経て江戸時代になると稲荷狐=稲荷神という間違った解釈が一般に広がることとなりました。時を同じくして全国で稲荷神社が急激に増えることとなり、この‘誤解’は定着化していくのでした。

・奥社へと向かう千本鳥居ルートを少し外れると...

おっと話が著しく脱線してしまったw 稲荷大社もそうなんですが、今回それ以上に行きたかったのが伏見神宝神社3年前の記事に一度だけ登場)というところなんです。稲荷大社境内とはいうものの少し奥行った場所ということもあり、あまり参拝客は居ないのです。そして僕自身もあまり行けてなかったんですよね。(最後に参拝したのは多分2年前だったと思います...)

・獣道の先にひっそりと佇む神宝神社

神宝神社は稲荷大社の境内にこそあるものの別段その摂社というワケではなく、独立した神社としてここにあるのです。主祭神は天照大御神で創祀は稲荷大社と同じ頃とされていますが、調べてみてもそれ以上のことは分かりませんでした。もともとは稲荷山の山頂にあり、9世紀後半には宇多天皇の庇護を受けたそうなのですが政変などにより中世以降は廃れていったそうな...。

・全国的にも珍しい狛龍

その後、今の場所に再建されたのは戦後の1957年。ちなみに社名の「神宝」というのは奉安の十種の神宝(沖津鏡、辺津鏡 、八握剣、生玉、死反玉、足玉、道反玉、蛇比礼、蜂比礼、品物比礼)のことであり、これらは物部氏の祖神、饒速日尊(にぎはやひのみこと)が天上よりもたらしたとされるものなのだそうです。この神社の名物というか非常に珍しいところは、狛犬ではなく狛龍があるということなんです。ちなみに狛龍がある神社はここだけというワケではないようであり、僕が調べたところでは元伊勢(伊勢神宮が現在地に遷る以前に、一時的にせよ祀られたという伝承を持つ神社ないし場所のこと)の一つである宮津の真名井神社(籠神社の摂社に当たる)というところにもあるようです。

・色彩豊かな叶雛

勿論ここに狛龍があるのには、ちゃんとしたワケがあります。それはここの方角なんですね。ここは平安京から見て辰巳(南東)の方角に位置しており、辰は天龍、巳は地龍と捉えられることから、天地をつなぐものとして左右にそれぞれが据えられているのです。で、上の写真は何かと言うと、これは叶雛(かなえびな)という絵馬のようなものであり、これに願い事を書いて奉納すると、その願いが叶うと言われているものなのです。

・願い事を書いて...

ということで作者も願い事をして帰ります。今年でいよいよ8年目を迎えるワケですが、また新たなステージへと進む「節目」の年でもあるので、誓いを新たにして仕切り直そうということですね、ハイ。(それにしても「脱マダオ」てw)

・龍みくじ(500円也)

で、あとこれも名物と言っていいと思うんですが、上の写真の「龍みくじ」ってやつ。まぁ陶器でできた龍の人形の中におみくじが入ってるっていうだけのものなんですが、なんかデザインがいいなと思ったので買っちゃいました。(たしか上賀茂神社にも似たようなのがあったはず...)

・疎水に映る街と空

ちなみに中のおみくじは「末吉」でした。今年は既に大吉を引き当てているので、グレードダウンには他ならないのですが、内容自体は「願望:思いがけぬ事にて叶う」みたいな悪くないことも書いてあったのでそうそう悪い結果ではないのかな?といったところです。まだ就活とか大学の方の課題とか、今月もまだまだ忙しくなるのですが、くれぐれも体調には気を付けたいと思うところです。(またインフルとか流行りそうですしね^^;)そんなところですが、本日はこれにて失礼します,ジベリ!

2014年1月5日日曜日

海の家ではやっぱりカレーが人気

・湊三嶋大明神社

・ちょっとルートを変えてみる

明日でまた僕は京都へ帰ることとなるのですが、今日は何をしていたのかというと、また三津浜に行ってきてたのですね。前回11月の松山電撃帰省の際には臨時休業で行けなかったブエナビスタにも無事(?)今回は行くことができ、今年の初カフェを楽しむことができました。

・三津浜は海の町

前回同様伊予鉄で三津駅まで向かい、そこから港町を散策しつつブエナビスタを目指す...といういつものコースなのですが今回はちょっとルートを変えてみて、普段とは違う景色を楽しんできました。

・撮り鉄ならぬ撮り船

具体的にどう変えたのかを分かり易く説明するのはかなり難しい話なのですが、本当にザックリ説明すると、普段だったら船着場沿いをそのまま梅津寺方面に向けて直進するところを、今回は一旦三津浜港方面に向けて歩いて行った...ということになります。

・三津の渡し(左手に見える船が渡し舟)

ではそこからどのようにしていつもの場所に向かったのかというと、早い話船に乗ったのです。11月の記事で「三津の渡し」という渡し舟が出てきたのを覚えている方は居るでしょうか?15世紀、当時ここを治めていた河野氏が、物資の運搬のために利用したのがその起源であったとされるこの渡し舟は、かつて小林一茶も乗ったとされる歴史あるものなのです。

・船上から望む大明神社

運航距離はおよそ80メートルで、正式名称は松山市道高浜2号線。現在でも年間で5万人あるという利用者、その殆どは地元の人たちなのですが、田中麗奈さん主演の映画「がんばっていきまっしょい」(1998年公開)で主人公がこの船で通学するシーンがあったことなどから近年は観光客の利用者も増えているそうな...。数分の船旅ではありますが、きっと歴史を肌で感じることができる充実した旅になると思うので、三津浜を訪れた際は是非ともご乗船下さい。(ちなみに乗船料は無料。7~19時の間、随時運航、年中無休)

・本殿から一望する三津浜

数分の船旅を経て湊三嶋大明神社へ...。まだお正月から数日ということで、珍しく数組の参拝客の姿が見えました。やはりこういう時には人って来るんですね。ともあれやや活気ある境内を見ることができたのは少し嬉しいところではありました。

・ブエナビスタは梅津寺の海沿いにあるお洒落なカフェバー

参拝を終えてから、目指すはブエナビスタ。今日も空いてなかったら流石にヘコむぞと思いつつ、やや恐る恐るの来店でしたが、無事やっていたようで一安心。(店長さんも元気そうで何よりです^^)

・シンガポールカレーとハートランドビール(合計で1000円少々...)

だいたいいつもサンセット時に行くので、こんな真昼間に来るのは初めてのコト。色々迷った結果、今日注文したのはシンガポールカレー。いやはや海辺で食べるカレーというのはどうしてこんなに美味しいのでしょう。そしてビールも飲めるとは幸せこの上ないではないですか...。

・相変わらずのブエナビスタである

これだけのベストロケーションに位置する場所ということで、松山でもここは知る人ぞ知る店となっているのですが、それもあってかカップル率が結構高いのもここの特徴です。(今日なんて殆どカップルでしたからもうやってられませんよw) 



店がカップルだらけでちょっと寂しくなったこともあり、店を出るやいなや僕は彼女に電話。思えばしばらく電話出来てなかったんですよね...。彼女と何日か振りに話しながら海辺を散策。そして帰路に着いたのでありました。(思いの外長電話になったので、結局帰りの電車に乗ったのはスタートと同じ三津駅でしたw)



電車で大手町まで引き返したあとは、農協のやってる太陽市というスーパーのようなところでホームアップなどを買ってから家に帰ってきたのでした。先述したとおり、明日の朝にはバスに乗ってまた京都に帰ることになっており、準備などもあるので本日はこれにて失礼します,ジベリ!

2014年1月3日金曜日

初夢の内容は人に話してはいけないっていうけど、そもそも夢の内容なんて覚えてないことのほうが圧倒的に多い

・沢山の参拝客で賑わう伊佐庭神社

・こちらは護国神社...

皆さん、明けましておめでとうございます。今年第一弾の記事はやはり初詣。松山での初詣は、大体毎年行く場所が決まっているのですが、まぁ今年も例によってのラインナップです。ちなみに護国神社には1日の夕方、父方の祖父の家に行った帰りに行ってたので、昨日は残る伊佐庭神社へ...とその前に今年は雄郡神社に立ち寄ります。

・意外と(?)長い歴史を持つ雄郡神社

雄郡神社は、実家から徒歩10分くらいの距離にある神社で、昔は秋祭りのときに朝ここに集まって神輿を担ぎに行ったりしたものですが、調べてみるとなかなか深い歴史を持ったところなのですね。戦国時代の戦火に罹り焼失して記録を失っているため、正確にいつ頃の創祀なのかは分からないのですが、586年(用明天皇元年)に大分県の宇佐八幡宮から八幡三神(応神天皇、仲哀天皇、神功皇后)の分霊を受けたとの記録が残っていることから少なくともそれ以前からあったということになります。

・基本、あまり賑わう神社ではありません

その後1600年に関ヶ原の戦いに起因する三津刈屋口の戦い(毛利・河野水軍連合vs足立重信・佃十成ほか加藤嘉明の留守組による戦い)で焼失したため、現在あるのは戦後晴れて松山藩主となった加藤嘉明の手で復興されたものということになるのですが、それにしても江戸時代からあるということなので、長い歴史を持つ場所に違いはないと言えるでしょう。主祭神は天宇受売命(いわゆる「岩戸隠れ」で知られる芸能の女神であり、日本最古の踊り子としても知られている神様)と先述の八幡三神で、その他に海の神、航海の神として広く信仰を集める宗像三女神も祀られています。

・今年のジャンボ絵馬はこんな感じ

そして次は伊佐爾波神社へ。道後温泉からも程近い場所にあるここは、護国神社と並ぶ松山の初詣スポットなのですが、今年は冒頭の写真のように大盛況。これは例年以上の賑わいです。ここの名物なのがこのジャンボ絵馬。毎年様々な趣向のものが描かれており、これを楽しみにしている人もおそらく少なくはないと思うのですが、今年もこの通り、なかなかに魅力的です。

・伊佐爾波神社には長い歴史があるのです

社伝によると、ここ伊佐爾波神社が創建されたのはなんと2世紀に遡るのだとか...。詳しい時期はよく分からないのですが、仲哀天皇と神功皇后が道後温泉に来湯したらしく、その行宮(あんぐう:皇帝ないし天皇が行幸などに際して一時的な宮殿とするもの)の跡地に創建されたのがそもそもの起源なのだとか。正式な記録として残っているのは延長5年(927年)にまとめられた全国の神社一覧表である延喜式神名帳なるもの。ここに於いて伊佐爾波神社は「伊予国温泉郡 伊佐尓波神社」と記載され、式内社に列しています。



ちなみに今の場所にここが移ったのはその後14世紀に入り、河野氏が湯築(ゆづき)城を築城した際。河野氏はここを白の守護神として崇敬したそうな...。1587年に湯築城は廃城となり、1602年には加藤嘉明によって松山城が築城されることとなるのですが、加藤嘉明の治世下でもここは暑い崇敬を受け、松山八社八幡の一番社としてここを重んじました。ちなみに現在の社殿はその後17世紀中頃に三代藩主である松平定長により造替(ぞうたい)されたものであり、本殿は現在、重要文化財に指定されています。(ちなみに、本殿のモデルとされたのは石清水八幡宮なんだとか...)

・大吉!!

そしておみくじ。ご覧の通り結果は大吉!覚えてる限りでもこれで3年連続ということになるのですが、まぁ幸先良いことこの上ありません。(しかも今年は家族全員が大吉を引き当てるという異例の事態でしたからねw)ちなみに気になる内容はというと、「かき曇る 空さえ晴れて さしのぼる 日かげのどけき 我こころかな」なるいかにも縁起のよさそうな短歌のあとに「こころをすなおにし身を正しくすればますます運よろしく何事もおもうままになるでしょう 欲をはなれて人のためにつくしなさい 大吉」と続きます。そして各項目ではどうなっているのかというと...

 願望:思い通りですが油断するな
 待人:来る 早いでしょう
 失物:出る 低いところ
 旅行:計画を十分に立てよ
 学問:安心して勉学せよ
 争事:八分にて措くが吉
 恋愛:思い通り 大吉

といった具合にやはり幸先の良い結果。決して順風満帆、前途洋洋と言えるような状態にはないのですが、形勢逆転の兆しは大いにある...というのが現時点の状況なのですが、「運気」に慢心することなく着実に歩みを進めていきたいものです。

・境内では善哉と甘酒が振る舞われています

そして今年も善哉&甘酒を頂きました。寒い時にはこういう甘くて温かいものって嬉しいですよね。(ちなみに善哉には焼き餅が1つ入っているのです^^)で、昨日は初詣の後どうしたかというと、母方の祖父母の家に新年の挨拶に行ったのです。

・皆さん各地から日本酒持参で帰省しますw

そして毎年恒例の飲み会。昨年言ったように僕を含めて3人(僕、弟、従妹)、飲酒できる年齢の若者が居るワケで、しかも全員が酒好きということもあって、まぁ今年も大盛況。ONEPIECEなどの漫画談義に花が咲き、挙句の果てには下ネタに走り出すという始末でしたが、やっぱり楽しいですよね。相変わらず地元に帰る気はゼロなのですが、まぁ年に1回くらいはこうして家族の元気な顔を見に、そして酒を酌み交わしに帰りたいものです。そんなところでありますが、今日はこれにて失礼します,ジベリ!