ファミレスは作業場であり呑処でもある。それは前述した通りだ。最近はめっきり減ってしまったが、深夜のファミレスというのも乙なものである。あの喧騒が、ややカオスな空気が1つのテイストとして空間を醸成している。そんな中で書籍に目を落とし、或いはこうして執筆に耽る。なんとも幸せな時間ではないか。
昔、うちの近所にはファミレスがあった。フレンドリーという関西ローカルのファミレスだった。ここで我が修士論文は構成されたし、数多のブログ記事もまたここでの孤独なブレーンストーミングの末に紡ぎ出されたのである。
これも以前に言ったが僕はどうにもファミレスの雑炊が好きなのだ。シメなのか謎のトランジットなのかは分からないが、たどり着いたファミレスで適当な酒と雑炊を注文する。妙にあれが旨いのだ。その後向かうのはその日の宿か終電か。よせばいいのにバーに向かうのか。その果てが見慣れたバッドエンドだとしても我々は酒場へと向かうのである。ちょっと一杯という守られる気配ないマニフェストが今日も高瀬川を流れていく。ある意味風流だ。
上賀茂神社境内の小川を流れる数多の式神のように、果たされなかった(或いはそもそも形だけだった)公約たちがキラキラと流れていく。さて明日はどこへ行こう。いつの日か僕も輝くのだろうか。雲の間に輝く月を見上げ、或いは輝くネオンを見つめながら僕は夜の街を闊歩する。きっと短い夜の取るに足らない物語だ。
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