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2019年7月11日木曜日

めんそーれ!

・今回のキャンプ地

皆さんおはようございます。昨晩は結局あれから沖縄料理屋に行って一杯やってきて、それから宿泊先であるネカフェで一晩を過ごしました。

・ふーちゃんぷるーは税別580円也(ビールは勿論オリオンビール)

ちなみに行ってきたのは金魚hanareという茶々と同じグループのやっている居酒屋さんです。金魚は三宮に2店舗あって、ついでに大阪の京橋にも1店舗あります。食べたのは写真のふーちゃんぷるーとあぐー豚の餃子で、2杯目は泡盛を頂きました。

・泡盛も行っちゃいましょう!

京都の赤ひげほどではないですが、ここも泡盛が豊富です。いいですよね、泡盛。なんか時々呑みたくなるんですよ。
沖縄といえば慰霊の日での誰かさんのコピペ演説が相変わらず酷かったですね。大体今の政権が寄り添うとか耳を傾けるとかチャンチャラおかしいんですよ。その対象ってお友達の富裕層だけじゃないですか。あとはただの聞いてるふりやってるふり。こんな酷いことはありませんよ。

・昨日の夜食

といってる間にもう9時ではないですか。ということで僕はぼちぼち撤収の準備をします。天気はあまり良くなさそうですがとりあえず今日は東山商店街に行ってみる予定です。それでは皆様ハヴァナイスデー!

2018年10月3日水曜日

ソーメンチャンプルー

・玉城さん&ウチナンチュウに乾杯!

ということで昨日の夕食はソーメンチャンプルーを作りました。ビールはもちろんオリオンビール。豆腐はジーマーミ豆腐ではなく普通の冷奴ですが、泡盛は奇跡的にうちに残っていたので少し呑みましたよ^^




テレビは殆ど見ない人間ですし、新聞も毎日買う人間ではないのですが、とりあえず我らが日刊ゲンダイは結構大々的に報じてます。日本以外でもこのニュースは大々的に報じられているようで、なんとあのCNNまでもが玉城さんについては好意的な報道をしているそうではないですか!やはり何かしらの地殻変動が起こっていると見ていいのですかね・・・




玉城さんは基地問題以外にも沖縄県民の生活をよくしていくということを重要な公約として前面に押し出していたことも勝因の1つやもしれません。さすがは「国民の生活が第一」を旗印にしている政党出身の政治家ですよ。




ま、そうかと思えば自民党には「国民の生活が第一なんて考えてる政党はおかしい」ナーンテ頭のおかしいことを言っている人もいらっしゃるようですがね。あなたたち一体、誰に選ばれて誰のために仕事をする人なのかと。一度頭から液体窒素を被って貰いたいなというのが僕の本音です、ハイw

・ノート大公開!

最後に今日はもう1つおまけを。裏社会の皆さんがとってもほちぃ件のノートを1ページ分だけですが公開しちゃいます!そういや今年度の歴史DO、ホントにぼちぼちアイディアを絞らねばな...。とりあえず明日は休み。特に予定はないですが、夕方くらいに桃山の方に出掛けられたらなと思ってます。それでは皆様、夢の国で逢いましょう。ジベリアンダギー!(←なんじゃそれw)

2018年10月1日月曜日

沖縄県知事選の結果を受けて


日付はもう変わりましたが皆さんこんばんは。沖縄県知事選、やりましたね!我らが玉城デニーさんが初当選ですよ!しかも史上最高の得票数という誉れをも勝ち取ったそうではないですか!!佐喜眞陣営のなりふり構わぬデマの流布や全く沖縄都関係のない降って湧いたような携帯電話の値下げ話にも惑わされることなく沖縄の人たちは正しい選択をしたのです!!!

・台風のせいでスッカラカンの四条烏丸

あ、それはそうと皆さん台風大丈夫でした?実は僕は今日、仕事でまたちょっと烏丸の方に出ていたんですけど台風の影響で早々に交通手段は軒並みストップ。店も閉店が相次ぎ、普段あれだけ人も車も多い四条通はこのとおりスッカラカンに。
本来今日は勉強会メンバーの人と沖縄料理屋に飲みに行く予定だったんですよ。(中止にしても良かったんですけど、ちと遠くから出てきてる人でしたし...)でまぁ実際飲みにも行ったんですよ。なぜか夜遅くまで営業していたHUB四条烏丸店にw

・なんか抽選でトートバッグを貰った^^

ということで沖縄県知事選の結果を知ったのもHUBでした。それもあって余計盛り上がったんですよね。泡盛呑めなかったのはちょっと残念ですが、代わりにスパークリングワインは一緒に呑めましたしw

詳しい情報は今こうしてPCに向き合って知ったところも多いのですが、今回の選挙では無党派層の多くが玉城さんに流れたようですね。要するにデマも携帯電話値下げも功を奏さず、しかも客寄せパンダの進次郎君も役に立たなかったということです。


あとはやっぱり公明党(もとい創価学会票)が割れたのも大きかったかもしれません。沖縄で起こったことは必ず本土でも起こります。公明党が創価学会員から総スカンを食らう日も遠くはないでしょう。いわゆる‘偽票書き’も今後は誰がやるんでしょう?統一教会かオウムの残党か、或いは幸福の科学なのか...。もうこの際、学会員の中から不正選挙を追求している人に色々情報を提供してくれる人が出てきませんかねw?

ま、皆様がその昔軍部に噛み付いた牧口常三郎さんや戸田城聖さん、或いは幕府に毅然と立ち向かった日蓮聖人のスピリットを受け継いでいるのでしたらやってくれると信じています。僕で良かったらいつでも話聞きますんで^^




玉城さんは元々衆議院議員を務めている方でしたし、おそらく近いうちに補欠選挙も開催されます。Twitterでも言っていたことですが、これも勝たなくてはいけません!ですのであまりのほほんともしていたれないのですが今日くらいはいいじゃないですか。玉城陣営の皆様、本当におめでとうございます^^ 志士会はこれからもウチナンチュウに寄り添い、ともに戦いますよ!!そんなところですが本日はこれにて失礼します、ジベリ!

2018年9月29日土曜日

【投票日直前】イデオロギーとアイデンティティー【沖縄論補講】

・26日、松川酒店にて

遂に沖縄県知事選の投票日が明日に迫ってまいりました。迫る台風24号の影響で投票日が切り上げになったところも少なくはないようですが、おそらく今回の選挙は最後の最後までどうなるか分かりません。


一応玉城さんが優勢という調査が多いのですが、それとてどこまでが情報戦の一環か分かったもんじゃないですからw 最後の最後まで死力を尽くした者が勝つ。そもそも勝負というのは常に紙一重ですからね。


それにしても佐喜眞陣営は「汚い」の一言。総裁選もですけど、正々堂々と戦うということを知らないんですかね?ま、だから石破さんもとっとと同志を引き連れて離党しちゃえばいいんですよ。今の自民党には自浄作用というものがありませんから...


それはそうと今回の選挙戦でしばしば目にしたキーワードが「イデオロギーとアイデンティティー」だったのではないでしょうか?イデオロギーというのは簡単に言ってしまえば思想・信条のことであり、対するアイデンティティーはここでは存在意義とか、内在的な誇り(郷土愛のようなものも含む)といったような意味だと思うのですが、とかく沖縄で築かれた不偏不党のオール沖縄の土壌には後者のアイデンティティーが強く反映しているのだと思います。


実際、亡くなった翁長前知事も度々「イデオロギーよりもアイデンティティー」といった旨の話をしていたようですし、その後を継ぐ玉城デニーさんも選挙戦で「沖縄の誇り」をキーワードにしています。


あ、ちなみに玉城さんはTPP違憲訴訟の原告のひとりでもあるそうです。現職の議員さんでそうしたところに関わっている人って少ないんじゃないですかね?玉城デニーさんはそういう気骨ある政治家なのです。永続敗戦レジームの最先端に置かれたからこそ「覚醒」した沖縄。数年前の連載でも書いたことですが、僕もウチナンチュウに寄り添って最後まで戦っていきたいと思います。知事選のあとも戦いは続きます。最後の最後まで沖縄とともに...。そういう思いで志士会は戦います。まだ色々と書きたいことはあるのですが、明日も仕事ですし、とかく今日はこれにて失礼します。ジベリ!

2018年9月18日火曜日

沖縄県知事選、水面下で進む「不正」について

・タラリラッタラ~♪ペプチドー

何かと忙しい日々なのですが、これは早急に記事にせねば...というものを1つ見つけてしまったので急遽PCに向かっています。9月30日投開票の沖縄県知事選、どうやら水面下で不正の工作が進められているようです。

ほかの記事でもよく目にするんですけど、佐喜眞陣営はどうやら期日前投票をやたらと呼びかけてるようなんですよね。期日前投票が不正の温床であるという話はこれまでに幾度となくしてきたことなのですが、この記事でもう1つ注目すべきは公明党と創価学会の乖離がここに来て再度問題になっているということでしょう。
まぁ創価学会は過去に連載も組んだほど僕とは関係の深い団体であり、ある意味ここのお陰(?)でRK大将と巡り会えたようなところもあるのですが、まぁそもそも創価がろくなもんじゃないということは一旦置いておきます。とはいえ、だましだましの苦し紛れではありながらも創価は平和の宗教としてその名を知られてきたはずでした。




ですが第二次安倍政権の下で公明党は自らその存在意義を棒に振ることとなります。どこまでも安倍政権に盲従します。これに怒っているのが支持母体の創価学会員たち。長井秀和さんも言ってますがそもそも池田大作は生死不明ですし、どこかでホルマリン漬けにされているナーンテ話まで実しやかに語られる始末w


そういうワケで、ただでさえ求心力を失いつつある創価学会は事実上の分裂状態にあるとも言われています。あくまで平和の宗教としての体裁を保とうとする正木派と、安倍政権盲従の公明党を黙々と支持しようという谷川派。そんなゴタゴタ状態の所以か最近は出口調査に行っても公明党支持者(≒創価学会員)が少なくなったと聞きますし、僕も取材先でそれを実感しています。


沖縄で公明党が暗躍とは言いますが、上記の記事にもあるように肝心の学会員のほうは玉城さんの陣営に入っちゃったりもしてるようですからね。となると本土からアホ熱心な信者を集めてきて動員するつもりなのか?もう何をしでかしても不思議じゃないので注意する必要があります。動員といえば創価だけじゃなく統一教会や幸福の科学の信者さんにもかかってる可能性が高いですしね。特に沖縄には下地幹郎がいますから統一教会には要注意です!


あ、先日お亡くなりになった樹木希林さんは辺野古にもいらっしゃってたようです。7月に観た万引き家族でも独特の存在感を発揮なさってました。いい役者であり、ユーモラスな人物であり、それでいてどこか芯のある女性。僕はこの人にそんなイメージを持っています。今一度ご冥福を祈ります。


あと沖縄絡みで言うと忘れてはいけないのが安室奈美恵さん。翁長さんの亡くなった直後には哀悼の意を表明していました。ラストステージで触れることはなかったようですが、それにしても、いちアーティストの発言にいちいち気を揉むなんて安倍も随分小さいですね。小さい秋ならぬ小さい安倍があちこちで見られる季節のようですw


あと全然関係ないですけど今日は大森靖子さんのお誕生日だったようです。大森さんのライブは楽しいですしまた近いうちに行ってみたいものです。何気に同郷の人物でもありますし、そういう意味でも応援しています。まだ色々と書きたいことはあるのですが、明日もまた仕事ですしとりあえず今日はこれにて失礼したいと思います。ジベリってことで。

2018年8月15日水曜日

【週刊コラム特別篇】平成最後の敗戦日に寄せて【8.15】

・急ピッチでノートをまとめるの巻

今年もこの日がやってきました。世間一般的に言うところの終戦記念日。我が志士会では「敗戦の日」と呼ぶことにしているその日であります。来年の今頃には年号が変わっている手はずですし、とどのつまり今年のこの日が平成最後の敗戦の日ということになります。

・平成最後の8.15に思うこと
平成最後の8月15日がきた。僕はというと相変わらず仕事に追われていた。感慨に浸る暇もなく短くも長い一日が終わっていく。帰宅後慌てて何を書くかあれこれと推敲し、そして今PCの前で黙々と作業をしている。BGMにはピンクフロイドのファイナルカットを流している。別段意味はない。何か今の気分に合うのがそれだったのだ。

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しかしながらこの国は今重大な岐路に立たされている。しかし悲劇的なことにリーダーは無能であり、しかも多くの国民はその重大性に気付いていない。白井聡さんの言葉を借りるとすればこの国はもう一度焼け野原になるような「悲劇」に直面しなければ分からないとでも言うのだろうか?




この国にとって今や沖縄は希望である。永続敗戦レジームの最先端に立たされたがゆえにその内実を知り、そして覚醒した。先日急逝した翁長さんにかつての瀬長亀次郎を見た人は少なくないはずだ。間違いなく「意志」は受け継がれる。




翻って我々ヤマトンチュウの体たらくは何事か。その沖縄を「反日」と切り捨て、それに寄り添う人々をパヨクと冷笑する。一体彼らは何者のつもりなのだろう。悲しくそして情けなくなるばかりだ。


勿論ここ本土にも戦う意志を持つ者はいる。僕もその一人だし、我が志士会や僕の所属するところである独立党の面々も多方がそうであろう。僕らは決して諦めない。この国を独立国にするために、真にこの国の誇りを取り戻すために戦い続ける覚悟である。


必ず倒幕を達成する。できれば年号が変わる前にそれを達成したいのだけれど果たしてどうなるか?新しい世代に残す「宿題」を今のうちに少しでも減らしておきたいものである。
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どこぞの戦場を知らないボンボンは相変わらず戦争をしたがっているようですし、加えて言えば未だ3選を諦めていない始末ですからね。しかも総裁選に自分と違う候補者が出れば出たでなんかファビョり出す始末。こりゃもうダメですって旦那w


まぁ石破さんが最適かと聞かれればそうではない気もしますが、まぁ少なくとも安倍よりはマシでしょう。あとやっぱり心配すべきは不正選挙ですよ。まぁでもそうなればそうなったでもしかすると自民から立憲に移籍するみたいな人も出てくるかもしれませんしねw


要するに意外と安倍は追い詰められているぞと。そういうことです。あとはあれですね。来月にも開催されるという沖縄県知事選。これで何としてもオール沖縄の候補者が圧勝すること。これはマストです。立憲民主党も今こそその存在感を存分に示す時ですよ。そんなこんなでありますが本日はこれにて失礼します。ジベリってことで。

2018年2月21日水曜日

名護市長選は間違いなく不正選挙です。

・歴史DOフェスの会場で駿河屋さんに貰ったお菓子

先日の歴史DOフェスでのプレゼンでもどさくさに紛れて触れたのですが、今月初めに実施された名護市長選挙は間違いなく不正選挙です。

・ちなみにこの場面では「ばかもののすべて」をBGMとして使いましたw

まず多くの人が指摘するように、開票速報で怪奇現象が発生しているのです。注目して貰いたいのは左写真の開票速報の96%⇒98.6%の変遷です。(我らがRK大将の記事に大きな写真があるので是非とも参照ください^^)なんと稲嶺さんの票がなぜか5000票減ってるんですよね。ついでに言うと票の推移もナ~ンカ不自然なんですよね。一体どうしてこんなことになるのやら・・・




で、今回の選挙のもう1つの怪しい点というのは、期日前投票の圧倒的な多さ。期日前投票が不正の温床であるという点についてはこれまでにも触れてきたとおりですが、今回の市長選では有権者のおよそ44%に当たる2万1660人が期日前投票をしたというのです。別に前の衆院選のように台風の予報もなかったので余計に腑に落ちません。
困ったことに地元紙(琉球新報&沖縄タイムス)までもが有権者が基地より経済を選んだみたいなことを言っているようなのですが、これも実態とは異なります。国から多くのカネを貰っていた前市長のときよりも稲嶺さんは頑張っていたのです。脱基地依存の沖縄の形を描いていたのが稲嶺さんなんですよ。

加えて出口調査では稲嶺さんが優勢だったというデータもあるようですし、そもそも渡具知さん側は基地を蒼天から隠すことに必死だったみたいですからね...。ともあれ呑気なことは言ってられないのです。というのも今年の秋には次は知事選がありますからね。野党側はきっちりとタッグを組んで臨んで貰いたいですし、我々は不正選挙がやりづらい環境づくりをこれまで以上に強化していく必要があるでしょう。


あと最後にもう1つ。FBで山田正彦さんからの拡散希望記事なのですが、どうやら来月TPPの署名があるとか何とか...。政府は相変わらずナ~ンの対策もしてないようですし、もうメチャクチャですよ。そうかと思ったらトランプさんは「やっぱTPP入ろっかな~」なんて揺さぶりをかけてる模様w もうこの際、トランプさんにかき乱すだけかき乱してもらってTPPは一刻も早くおじゃん丸にして貰いましょう...などと他力本願になっても仕方がないのですが、とにもかくにもあのアホを首相から引き摺り降ろさねば。話はそれからです。そんなところではありますが、僕はボチボチ出掛けることとします。東寺の弘法さんに行くのです。それでは皆さんハヴァナイスデー!

2014年11月19日水曜日

沖縄県知事選の結果を受けて

・当選を喜ぶ翁長氏(中央。写真は日刊ゲンダイより)

先日行われた沖縄県知事選挙は大方の予想通り無事に爺長(おなが)さんの勝利に終わりました。今回の選挙の特筆すべき大きなところというのは、やはり保革対立という従来の沖縄県知事選における対立構造を脱した選挙戦だったということでしょう。基地問題はイデオロギーではなくアイデンティティにかかわる問題なのだと改めてこの結果が示したと言えるのではないでしょうか。勿論政権への逆風も必至です。先日ついに解散を明言した安倍首相ですが、これが逆風の1つとなることは必至。もともと自民のあまり強くない沖縄は全滅でしょうし、全国的にもどう転んでも議席が減ることは間違いありません。(あ、でも不正選挙やるから安泰かw)


・自民大敗…安倍政権に鉄槌を下した沖縄県民の凄まじい怒り(日刊ゲンダイ)
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/155034/1

色々書きたいことはあるのですが、まずは恒例(?)となっている各地方紙の社説を読み解きからはじめましょう。最初は沖縄の2つの地方紙から...。1つ目は連載でも登場した瀬長亀次郎さんが社長を務めたことがあるところでもある琉球新報。2日に渡って今回の選挙の事を書いているのですが、まずは17日の記事から見てみましょう。

・新知事に翁長氏 辺野古移設阻止を 尊厳回復に歴史的意義
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-234623-storytopic-11.html

一方、政府は選挙結果にかかわらず、辺野古移設を進めると明言しているが、民主主義国家として許されない。埋め立て承認で地元の了解が得られたと受け止めているようだが、それも間違いだ。仲井真知事は前回知事選で県外移設を訴えて当選した。県民は辺野古移設推進にその後転じた仲井真知事を支持したわけではない。つまり地元の大半は了解などしていないのである。

まさに正論です。多くの人の記憶から消えつつあるのですが、仲井間前知事だって当初は県外移設派だったのです。それが途中で人質取られたか金積まれたかは分からないけど「変節」したに過ぎない。要するに民意はずっと辺野古移設反対なのだ。これをまずは認識しなくてはいけない。

・那覇市長に城間氏 果敢に公約実行を 県都でも民意が動いた
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-234669-storytopic-11.html

続く18日の社説では同日に行われた那覇市長選について取り上げます。(以下は記事より)

城間氏は最大の争点に、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の是非を挙げていた。知事選候補の翁長氏と連携し、県民の大多数の世論を挙げて移設反対を前面に打ち出す戦術を取った。
琉球新報と共同通信による那覇市の期日前投票の出口調査(サンプル数約1700)によると、投票に際して普天間飛行場の返還・移設問題を重視した人が約6割を占め、そのうち75%が城間氏に投票していた。保守、革新の伝統的な対立構図が息づいてきた那覇市長選の構図と異なり、城間氏の支持母体は那覇市で主流の保守層と革新が手を携えた。城間氏は基地問題が移設先だけの問題ではなく、全県民が向き合わねばならない課題であることを有権者に認識させることに貢献した。

その他、記事によると城間さんが公約に掲げたのは、4年連続で400人を超えているという待機児童の解消。これはもう全国的な問題なんですね。おそらく爺長さんもそうだと思うのですが、今回の選挙は基地が前面に出てこそいたものの、決してシングルイシューで争われたものではないのです。(というか基地問題は沖縄では生活から切って離せない問題ですもんね・・・)そして2つ目は沖縄タイムス。こちらも2日に渡って社説でこの選挙を取り上げています。まずは17日の記事から見てみましょう。

・[県知事に翁長氏]辺野古に終止符を打て(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=90861

仲井真知事が昨年12月に行った埋め立て承認の法的効力は今も生きている。とはいえ、県外移設の公約に反して事前説明もないままほとんど独断で承認したことが有権者から2度にわたって否定された事実は極めて重い。もはや辺野古移設をめぐって丁々発止と渡り合う時期は過ぎた。「地元の頭越しには進めない」という普天間問題初期の政府方針に立ち戻り、計画見直しに向けた話し合いに入るべきである。1996年の返還合意からはや18年。住民にこれ以上、精神的負担を強いてはならない。ここまできてなお移設を強行するのは、暴力的な犠牲の押しつけである。

繰り返すようですが、埋め立て承認は知事が公約に反故してやったことであり、その有効性は極めて低いと言っていいでしょう。そして何よりも「地元の頭越しには進めない」という大前提を否定するのは到底許されることではありません。それからもう一点、この記事で注目すべきなのは後半の仲井真落選までの経緯を書いた部分。仲井真さんが「変節」を遂げたのは先述の通りなのですが、前知事はいかにして県民からの信頼を失ったのでしょうか?ちょっとそこを読んでみましょう。

昨年12月、仲井真知事は首相官邸で安倍晋三首相と会談し、沖縄振興策などの説明を受け、「驚くべき立派な内容」、「140万県民を代表して心から感謝する」と最大限の賛辞を連ねた。記者団に対しても「いい正月になる」と、耳を疑いたくなる言葉を連発した。知事が辺野古の埋め立て申請を承認したのはその直後である。この一連の言動が県民感情を刺激し、特に高年層の激しい反発を招いた。仲井真氏は出馬表明にあたって「県民に誤解を招いた」と陳謝し、選挙中も文書を配って重ねて「いい正月」発言をわびた。いかに有権者の拒否反応が大きかったかを物語っている。今回の知事選は仲井真政治に対する信任投票の性格を帯びていた。結果は仲井真氏のオウン・ゴール。「辺野古ノー」と同時に、「仲井真ノー」が示された選挙でもあった。

やはりその昨年の12月に何かがあったのでしょう。それが恫喝なのか買収なのか、はたまた当初からのシナリオ通りだったのかは未だ分かりませんが、1つだけ言えるのはよしんば翁長さんが同じことをすれば、また仲井眞さんと同じ道を辿るということです。このように今も沖縄は戦い続けているのです。続く18日の記事では、今回の翁長氏当選までの経緯を綴っています。

・[10万票差の深層]意識変化 大きな流れに(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=90982

保革双方から支持された翁長雄志新知事の誕生は、沖縄の政治に新たな歴史を刻んだ。現職の仲井真弘多氏に10万票近い大差をつけての当選は、住民意識の変化という見えない「地殻変動」が強固なものであったことを示す。(中略)住民意識の変化を促した背景の一つに、沖縄経済における基地依存度の低下が挙げられる。県経済に占める基地関連収入の割合は、復帰時の15%から5%まで減った。翁長氏は「米軍基地は経済発展の最大の阻害要因」と繰り返し訴えた。基地を返還させ跡利用を図ることが沖縄の自立につながる、との考え方がじわり浸透していったのだ。

まず着目すべき部分がこれ。僕も前々から言ってたような気がするのですが、別段基地がなくても沖縄は十分やっていけるのです。それどころか翁長さんの言うように、基地は沖縄を経済的にも「阻害」する一因にすらなっているのですね。たしかに基地は「雇用」もうみます。米軍基地内には食堂やカフェなどは勿論のこと映画館などの娯楽施設もあり、軍人以外にも多くの従業員が必要となるのですが、当然その中にはアメリカ本土から来る人も居ますし、まんま全てが沖縄県民の雇用に繋がるワケではありませんし、たとえばそこに基地の代わりにショッピングモールでも作れば基地の何十倍もの雇用を生むのは明白です。また基地のある場所が比較的条件のいい土地だったりもするので、そうした意味でも基地は沖縄経済にとってマイナスなのです。それからもう1点着目すべきはこの部分。

最大の争点となった米軍普天間飛行場の辺野古移設問題をめぐっても、海兵隊の「抑止力論」は、今やすっかり色あせている。森本敏元防衛相が「軍事的には沖縄でなくてもいい」と認めたことからも分かるように、本土が嫌がるから沖縄に置くという発想は地域差別以外の何ものでもない。在日米軍再編に携わった米元高官は「18年前と現在の必要性をめぐる論議は必ずしも同じでない」と語っている。 政治的な強い意志があれば県外移転は可能なのである。

連載の中でも言ったように、そもそも辺野古の基地計画ができたのは1960年代。その頃と今とでは国際情勢が大きく変わっていて、現在では米軍とてずっと沖縄に留まるつもりではないのです。少なくとも「海兵隊(通称、殴り込み部隊)は撤退する」という計画があるのです。(米軍基地再編計画)



それに、そもそもよく自称保守の方が言う「抑止力」というのは証明できないものですし、もっと言えば、そもそもの「脅威」を作り出したのもアメリカです。すぐに「シナガー」を連呼する人には理解しがたいかもしれませんが、事実はそういうことなのです。(ナチスドイツの背後にロスチャイルドが居たり、中東におけるテロ組織を実はCIAやモサドが育成していた...というのと同じパターンと言えるでしょう。)



ここまで2つの社説を読んでもらいましたが、これで沖縄の切実な思いが多少伝わったのではないでしょうか。沖縄の地元紙はこのように今回の選挙を報じてきたのですが、他の地方紙はどうこのことを報じてきたのでしょうか?あと2つほど見てみたいと思います。まずは神戸新聞。18日の社説でこの選挙を取り上げています。

・沖縄県知事選/辺野古反対の民意は重い
http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201411/0007512034.shtml

消費税の再増税を延期して解散・総選挙の方針を固めたとされる安倍晋三首相は、国民生活に大きな影響を与える課題は選挙で信を問うべきとの認識を示した。そうした考えに基づけば、重大な争点に対して示された民意の重みは、地方選挙でも変わらないはずではないか。(中略) 普天間飛行場返還、県内移設の合意から18年。計画は迷走し、沖縄県民は翻弄され続けてきた。政策を転換し、新たな道を探るべきだ。それが沖縄の民意にほかならない。

おそらく国政選でも沖縄で自公は惨敗することになると思うのですが、ともあれ今回の選挙で示された民意が辺野古への「No」であるのは紛れもない事実。それとどう向き合うのか?我々は意深く見ていく必要があるでしょう。そして次は京都新聞。11月17日の社説で今回の選挙を取り上げています。

・沖縄新知事  重い「移設ノー」の民意
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20141117_4.html

1995年の米兵による少女暴行事件を受け、日米両政府が移設で合意して以降、「保守対革新」の対決が続いてきた知事選は今回「保守分裂」の要素が加わった。自民党が推薦した仲井真氏に対し、自民県連幹事長を務め、前回知事選では仲井真選対の本部長だった翁長氏が県内移設に異議を唱えた。共産、社民両党に加え、自民を含む保守系地方議員・団体の一部が翁長氏支援に回り、政権与党の公明党は自主投票を決めた。選挙中盤に行われた共同通信社の世論調査では、無党派層も半数以上が翁長氏を支持し、前回選で仲井真氏に投票した人の3割超が今回は翁長氏に投じるとした。最大の争点として辺野古移設を上げる人が6割を超え、移設賛成派は3割にとどまった。

書き忘れていたことでもあるのですが、まず第一に踏まえておくべきなのは今回の選挙が従来の保革対立という枠組みを超えたものだったということなのです。おそらくネット右翼やそれを支持基盤の1つとする安倍政権は「サヨクガー」を連発していることでしょうが、実際はそういうことなのです。それからもう一つ、ここも重要だと思ったので載せてみます。

市街地にある危険な普天間飛行場の固定化は許されないが、移設先が県内では、在日米軍施設の74%が集中する沖縄の「基地負担軽減」とは言えない。安倍政権は普天間配備のオスプレイの県外訓練拡大などに取り組むが、普天間での飛行回数は逆に増えている。2019年2月までに普天間を運用停止するとした方針も、米政府が拒否していることが明らかになっている。形だけの「負担軽減」に、県民の怒りが知事選で噴出したと言えよう。

自民党は「負担軽減に努力」なんてことを言ってましたけど、このように実際にはそれが全く進んでいないのです。しかもアメリカと沖縄に二枚舌。まぁこれらは今に始まったことではないのですが、だからこそ自民党は沖縄で信任を失ったのだということを改めて考えて貰いたいものです。




このように、各紙は沖縄県民の「怒り」の証左として、そして歴史的な1ページとして今回の選挙を取り上げています。思えば「沖縄論」の終了から1ヶ月。あの連載の中で僕は「本土が沖縄に寄り添う番だ」と訴えてきたのですが、機は熟したと言えるでしょう。今こそまさに絶好のタイミングです。沖縄の思いを無駄にしないよう、本土から全力で援護射撃をするときです。そしてもう1つ。沖縄県知事選は1つの良きモデルケースを残してくれました。それは野党の共闘です。小沢さんの言うとおり、もし今回の選挙で勝とうと思えば「反自民」の旗の下に野党が1つの政党に結集する他はないのです。(少なくとも現行の選挙制度ではそれが最善策なのです。それがいいか悪いかは別として・・・)保守革新を超えたモノにすることを考えれば、中心になるべきなのはやはり生活の党でしょう。そこに民主党が加わり、みどりの風が合流し、社民・共産が加わり...というのが望ましいと思われます。もう選挙まであまり時間はありませんが、もしそういうことが出来れば「倒閣」も十分に可能ということなのですから、やらない手はないでしょう。そんなところですが、本日はこれにて失礼します,ジベリ!

2014年9月28日日曜日

沖縄論完結記念 in 赤ひげ

・とりあえずのオリオンビール

先日遂に完結した沖縄論ですが、今日はその打ち上げということで木屋町の沖縄料理屋、「赤ひげ」で呑んできました。オリオンビールに泡盛、今日はとことん呑みましたよ。(←といっても現時点で殆どお酒抜けきってますけどw)

・グルクンの唐揚げは時価(700~1000円くらい)とのコト。

ちなみに料理は何を食べたのかというと、1つ目はグルクンの唐揚げ。時期によって値段が変わるという一品なのですが、これが本当に美味しいのです。オリオンビールはお通しを肴に飲みきってしまったので、次は泡盛を注文。(ちなみに天龍蔵っていう銘柄)

・ラフテーは800円くらいだったはず

そして料理も2品目。こちらも沖縄名物のラフテーであります。そして泡盛も2杯目をオーダー。(次は王朝の邦というやつ)全く主食的なものを食べてないにも関わらず、結構これでお腹いっぱいになったのでその後退散。

・やっぱりこの店は落ち着きます

料理2つとお酒3杯で4400円という嘘のような会計に衝撃を受けつつも、僕は2軒目へ...。といっても次飲むのはお酒ではなくコーヒーです。向かうお店は、お馴染みエレファントファクトリーコーヒー。まぁ知る人ぞ知るお店なんですが、今日も沢山の人で賑わってましたよ。

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京都には、いわゆる夜カフェが楽しめるお店が沢山あるのですが、まぁその中でもここは好きな店の1つなんですよね。特に凝ったメニューがあるでもなく、値段も決して安くはないんですけど、しんみりとコーヒーを楽しむにはこれ以上ない空間なんですよ。

・夜の四条河原町

京都に来てから今年で7年目。河原町も色々と様変わりしているのですが、僕が好きな街であることには変わりありません。ここにずっと居たいという思いは相変わらず強いのですが、それが叶うかどうかはまだ分かりません。現時点で次の住まいとして有力なガガガSPでお馴染みのあの街も好きではあるのですが、好きとか何とかを超えるくらいこの街には愛着がありますからね...。明日は1日休みなので、家の用事なんかをやる予定です。そんなところですが、本日はこれにて失礼します,ジベリ!

2014年9月27日土曜日

沖縄論完結篇:ウチナンチュとヤマトンチュ

およそ1ヶ月半に渡ってお送りした沖縄論も今日で完結を迎えることとなりました。構想自体は1年近く前からあったとはいえ、なぜかここ1ヶ月くらいの間、僕は何かに取り憑かれたかのように沖縄問題に取り組んできたんですよね。そこまで僕を駆り立てたものが一体何だったのかは自分でもよく分からないのですが、これを1つの「区切り」としつつも絶対に終わりにしちゃいけないなというのが今の所感でもあります。


1、「沖縄独立」という選択肢
沖縄には予てより独立論というものがあります。1970年には琉球独立党なるものが結成されるのですが、この後身となるものが現在の「かりゆしクラブ」なのであります。アメリカの統治下で瀬長亀次郎らが訴えたのはあくまで「本土復帰」。それはリアリズムに則った上での妥協点であったのは間違いのないことなのですが、やはりそれに不満を持つ人たちというのは居たワケであります。そしてそれは皮肉にも本土に復帰した後も途絶えることなく残り続けているのですね。無理もありません。それでもまだ革新勢力は沖縄に寄り添ってきましたが、自民党をはじめとするいわゆる自称保守勢力は沖縄を常に蚊帳の外においてアメリカとの話を進め、常に「生け贄」として沖縄を差し出し続けてきたのですから。

・辺野古埋立てに賛成するために日の丸を持って集った自称保守(こちらより)

なぜ今この話題をするのかというと、件のスコットランド独立投票に関して沖縄の2つの地方紙がそれぞれ社説を書くなどして「関心」を寄せているからなのです。ちなみにその1つである沖縄タイムスでは特集を組んでこれを取り上げているのですが、その中で沖縄独立に関するアンケートをやっていたのでそれを紹介したいと思います。

・タイムスリサーチ:スコットランドで独立問う住民投票。沖縄だったら?
http://www.okinawatimes.co.jp/research/?id=31

未だ途中結果だけですが、このように独立派が一定数を占めているのが興味深いところです。「現実的ではない」みたいな声もあるかもしれませんが、たとえばスコットランドとて仮に独立したとしても現状は農業国にしかなり得ないと推測されるのであり、色々な支障が出るのは目に見えていることです。しかし農業国ほダメで工業国はいいというのも考えてみたらおかしな話ではないですか。国ってそういうもんじゃないでしょう。ちなみに2紙の社説ではこう書かれています。まずは沖縄タイムスから...

・社説[独立問う住民投票]自治への問い手放すな(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=83640

住民投票という極めて民主的な手段で「独立」の是非が問われたスコットランドに対し、沖縄はどうなのかというのがこの記事で提起されているもの。中段にはこんな話も...

国会で独立論議に一石を投じたのは沖縄選出の上原康助議員(当時)である。1997年2月、衆院予算委員会で上原議員は「もし沖縄が独立をするという場合、どういう法的措置が必要なのか」と政府の見解をただした。大森政輔内閣法制局長官は、現行憲法にはその規定がなく不可能、との見解を明らかにし、議論はそれ以上深まらなかった。しかし、普天間問題をめぐって沖縄の民意は、しばしば裏切られてきた。独立には批判的でも「政府のやり方には我慢できない」と政府不信を訴える県民が増えている。自立・自己決定権を求める動きは、政治的主張にとどまらず、文化的な自己確認の運動としても、従来の保守・革新の枠を超えて広がりつつある。

ちなみに1997年当時の総理大臣は橋本龍太郎。(第二次橋本内閣。ちなみに当時は自民党に加えて社民党と新党さきがけが「閣外協力」という形で連立し、政権を運営していた。)上原議員の問題提起は上記の通り相手にされることなく忘れられていったのですが、先述の通り沖縄には今でも独立論が一定の支持を得ているのであり、また僕自身もこの連載をやるようになってからは特にそれも致し方がないことなのかなと思っているところでもあります。勿論すぐに独立を問う住民投票をやれとは言いませんが、これを機に沖縄の人だけでなく本土の人も「沖縄独立論」と向き合い、何故そのような声が出るに至っているのかというところについて考えていくべきだと思いますね。では次は琉球新報の社説を見てみましょう。

・<社説>スコットランド 自治権拡大は世界の潮流だ(琉球新報)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-231845-storytopic-11.html

スコットランドの歩んできた歴史に触れた上で、今回の住民投票の意義について語る...というのが主な内容ですが、後半では今回の騒動の争点の1つに基地問題があったことに触れています。

島袋純琉大教授によると、スコットランド自治政府は現時点でもあらゆる分野で高度な自治権を持つ。英国の政府予算の一部は自動的に自治政府に配分され、英政府のひも付きでなく独自に予算配分を決定できる。欧州連合(EU)の機関にも独自の代表を置く。中央政府と外交権を共有するのに近い。そこに一層の権限拡大が約束された。だから、賛成派は独立こそ勝ち取れなかったものの、大きな果実を得たとも言える。原潜の基地の存在にも焦点を当て、非核化の願いを国際的に可視化した意義も大きい。

ここについてはあまりメディアでも取り上げられていないんですけど、実はそうなんですね。9月24日発刊の日刊ゲンダイ、ジャーナリストの高野孟さんのコラム「永田町の裏を読む」も、このことについて言及しています。

スコットランドの独立を問う住民投票は多くの日本人にとっては遠くの出来事でしかなかったが、沖縄県民にとってはそうではない。グラスゴーの西40キロのファスレーン海軍基地は、英国唯一の核戦力であるトライデント弾道ミサイル潜水艦の母港であり、賛成派の各党はこぞって「独立達成の際には基地も潜水艦も核弾頭も出て行ってもらう」と主張している。

このコラムで高野さんは沖縄の独立論に触れており、「沖縄が独立すれば日中関係も好転する」といったことも主張しています。たとえば東ティモールの独立の裏にユダ金があったように、独立運動にはしばしばアジテーターが介入することも事実であり、そうした意味から個人的にそれは流石に楽観が過ぎるとは思うのですが、同時に問題提起としては面白いと思いますし、そうした方がいいんじゃないかと考える沖縄県民が続出してもおかしくはないような状況になりつつあることもまた否めないところです。

ちなみに神戸新聞や京都新聞、それから中日新聞なんかはどのようにこの歴史的な出来事を捉えているのかと思い、その日の社説を見てみたのですが、「40%も独立に賛成する声があったことをイギリスは重く受け止めなくてはいけない」だとか、「民主的な方法で独立の賛否が問われたことを評価すべき」だとか、「投票率の高さを評価すべき」だとかありきたりなことしか言ってなくて、ちょっとガッカリしました。

・スコットランド/自ら決めた「残留」の重さ(9月20日、神戸新聞社説)
http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201409/0007345929.shtml

・スコットランド 民意表明の尊さ示した(9月20日、中日新聞社説)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2014092002000113.html


それからこれは余談ですがそのスコットランドの住民投票にも不正選挙疑惑が浮上しています。集計係が「Yes(独立賛成)」の票を「No(独立反対」としてカウントしている決定的な動画もネットにはアップされるなど騒然とした自体が続いているようですが、まぁ不正選挙の先輩(?)である日本から1つ言わせて貰えば、「想定の範囲内」ということでしょうかw(ともあれつくづくいやな世の中になってしまったものです...。)

・スコットランド不正選挙と暴動騒ぎ(RKブログ)
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201409/article_197.html



2、レスポンス
この連載を読んでくれている読者の方から、例によってまたメールで質問が来ているのですが、その中から今日は3つ、お答えしたいと思います。

Q.1:中国は本当に歴史上一度も沖縄に武力を行使したことは無いのですか?たしか隋の時代にそのようなことがあったと思うのですが...

これについては僕の言い方が悪かったですね。中世の、つまり琉球王国の成立後(1429年以降)は...という但し書きを付けるべきでした。仰る通り、たしかに「隋書」には琉球への攻撃を記したものがあります。ただ、ここで注意しなくてはいけないのは、その当時の琉球というのが必ずしもそのまま今の沖縄を意味するとは言えないということです。件の「隋書」で琉球は「流求國」もしくは「琉求國」と言った形で記されているのですが、これは一介の島嶼部を指しているものであり、その中には台湾等も含まれると考えられています。(また、事実として沖縄本島周辺を「大琉球」、台湾を「小琉球」と呼んでいた時期もあったそうです。)などのことから、隋の攻撃対象が本当に沖縄だったのかは定かではありませんが、その「可能性」はたしかにあると言えるでしょう。

またこれは余談ですが、日本にも二度来襲したモンゴル軍の攻撃(元寇)にも沖縄は晒されています。鎌倉幕府と同じく沖縄もこれを撃退しているのですが、やはり少なからぬ犠牲を出すことになったと言います。


Q.2:琉球王国はどのようにして貿易大国となったのでしょうか?

そうですね。ここについてもう少し触れておくべきでした。琉球王国のやっていた交易というのは、一言で言えば「中継貿易」なのです。沖縄自体には明に対して輸出するものがあまりなかったことにも起因しているのですが、そこで琉球は東南アジアとの交易によって得られたものの一部を中国に輸出し、そして明からの回賜品を東南アジアに輸出する...というシステムを整えたのでした。琉球の商人は嘘をつかないということで、大層信用されたと言われていますが、加えて言うと、この貿易システム自体が実は琉球からの積極的な働きかけで実現されていたものであると言われています。単に貿易の中継地点というだけでなく、明と東南アジア諸国を結ぶ一種のパイプ役として琉球は機能していたのですね。詳しくは山川出版社が2011年に発刊した「琉球からみた世界史」(村井章介・三谷博、編)に記されていますので、そちらなんかを読んで貰えると一層分かるんじゃないかな?と思います。(あ、でも楽天ブックスでは売り切れか...)

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Q.3:薩摩の琉球侵略、そして明治時代の琉球処分はその当時の歴史の流れを見るに、やむを得ないものだったようにも思えるのですが、その点に関してはどうお考えでしょうか?

この連載でも紹介した小林よしのりさんの「沖縄論」にもそういう記述がありましたよね。でもそれを言うならアメリカのハワイ併合だってしょうがないことになりかねませんし、下手をすれば中国のチベット侵攻もしょうがないということになってしまいます。

たしかに一部の歴史家は琉球王国を美化しすぎているようなきらいはありますが、かといって今伝わっている歴史だけを見て評価するのもやっぱりおかしな話です。(だって「歴史は勝者が作る」のですから...)薩摩藩が琉球王国を服属させたとき、首里城から宝物が多く持ち去られたというのは既にしたお話だと思うのですが、一説にはこのとき琉球について記した歴史書も持ち去られたと伝えられていますし、侵略後に「琉球は古来より薩摩の附庸国(衛星国)である」ことを述べる起請文をわざわざ書かせていることも引っかかります。

歴史上の多くの疑問は、ホントにそれこそタイムマシーンでもなければ適正に判断することができないものばかりなのです。またそれが「結果的によかったんじゃないか」という議論も無論、あまり意味を成しません。例えば、たしかに朝鮮は日本が「併合」していなくても中国かロシアか、或いはどこかの列強かに支配されていたでしょうし、加えて言えば日本統治の影響で近代化、世俗化が進んだのも事実かもしれません。

しかし、やっぱり「支配」していたことには変わりは無いですし、何よりこういうのはアイデンティティに関わる問題ですからね。それに傷を付けたのは疑いようのない事実なのですから、やっぱり「謝罪」しなきゃいけないんですよ。僕は少なくともそういう考えですね。


あとがき、「美ら海」へと続く道
小林よしのりさんは「沖縄論」の中でこんな事を語っていました。(「最終章:歴史とクニガラ」371項より)

わしはガラにもなく「平和」を祈ってみた。たとえ本土が焦土と化そうとも、この沖縄が二度と戦禍を蒙(こうむ)ることがないように・・・

あの小林さんが言ってるからというのもあるんでしょうけど、僕はなんかこの一文に本当に衝撃を受けたのです。沖縄論をなぜ書こうと思ったのかは正直なところ、よく分かりません。4年前に沖縄に行ったことも多少影響しているでしょうし、今年末に県知事選を控えていることも少なからず脳裏にはありました。薩摩の侵略、琉球処分、そして沖縄戦という歴史を抱えながらも本土への復帰を渇望し、アメリカと戦ってきた沖縄。しかし本土は沖縄のために何をしたでしょうか?本当のところ、裏切り続けてきただけではないですか。

・ダイバーに人気の「クマノミ城」と呼ばれる岩場(沖縄タイムスのページより)

今だったらきっとまだ間に合います。「美ら海」を守るために、葛藤を抱えながらも本土に期待を寄せる沖縄の人々のために、今こそ戦おうではないですか。辺野古の海はまだ綺麗です。沖縄の「未来」を本土の僕たちが諦めちゃいけません。<沖縄論、完>


~おまけ:沖縄セールス~



沖縄と言えばやっぱりこれを外しちゃいけません。そう、オリオンビール!とりあえずの一杯には勿論、泡盛のチェイサーにもこれは欠かせません。心なしか沖縄に居る時は3割増くらいに美味しく感じるオリオンビールですが、遠く離れた場所で沖縄を想いながら飲むのも悪くないでしょう。まだまだ暑い時期が続きますので是非とも一家に1ケース、オリオンビールをお買いください。そんなところですが、本日はこれにて失礼します,ジベリ!

2014年9月24日水曜日

沖縄論④:民主党沖縄ビジョンと「基地のない沖縄」

ということで今日は前回説明した通り、民主党沖縄ビジョンと日米がひた隠しにする米軍基地の再編計画を主題として話を進めていきます。


1、歪曲された民主党の「沖縄ビジョン」
政権交代直前の2008年頃、僕も批判的に扱っていたこの民主党の沖縄ビジョンなのですが、今回1つ目のテーマはこの「沖縄ビジョン」を色眼鏡なしでもう一度読んでみようということなのです。

・沖縄ビジョン(民主党HP)

そもそもこれが作られたのは2002年8月末。当時の代表はその後首相にもなった鳩山由紀夫その人でした。これは民主党が考える沖縄に対する基本理念とそれを実行するための具体的政策群の1つの集大成とも言うべきものであり、そのベースとなる「民主党沖縄政策」はその2年前1999年の段階で存在していました。冒頭にはこうあります。


沖縄では、先の大戦で唯一の地上戦が繰り広げられ、数多くの尊い人命が失われたばかりか、その後は、米軍の占領下に置かれ、日本本土から引き離された。さらに、1972年の復帰以降も、在日駐留米軍の基地面積の75%が集中する状況が続いている。このような沖縄の歴史と現状をしっかりと踏まえなければならない。

しかし、「沖縄」を考える視点は、こうした「負の精算」にとどまるべきではない。グローバル化が進む今日、東アジアの中心に位置する沖縄の地理的特性等は、その重要性を高めている。中国本土、朝鮮半島や台湾等に近い沖縄は、これらの地域と貿易や文化を通じた深いつながりを歴史的に持ってきた。沖縄は自然、文化、観光、教育や安全保障面等でこの地域の核となりうる「力」を十分持っているのであり、アジア、そして世界への日本の貢献を実現するモデル地域として、沖縄を活用することができると考える。(1、「沖縄を考える」より)

私たちはこうした視点から、以下の通り「民主党沖縄ビジョン」をまとめた。


大まかな内容は1つには沖縄に大きな自治裁量を認めることであり、2つ目には米軍基地の縮小を進めていくということ、そして3つ目には環境保全に取り組んでいくというものであると言えます。

特に自治に関しては一国二制度(中華人民共和国に対しての香港、マカオを考えて貰うと相違なし)の導入にまで言及しており、これは親中的な民主党の面々と相まって一部の人々から「民主党は沖縄を中国に明け渡そうとしている」と誤解されることとなりました。ともあれ勿論実際はそうではありませんし、おそらく「沖縄ビジョンの正体」なんて言ってる人の多くは全文に目を通したことは無いのではないかと思います。とにもかくにも一国二制度について書かれた部分をこちらに転写してみましょう。

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3.ビジョンに向けて、分権のさきがけとしての「一国二制度」

 ビジョンを実現するにあたっては、まず「中央政府による全国一律の規定・基準を見直し、沖縄のことは沖縄の住民自らが決める」という分権の手法が不可欠である。「地域のことは地域で決める」という分権は、民主党の基本理念のひとつであり、国家の権限を最小限にし、外交・安全保障等を除き、決定権を地域に委ねていくことを主張している。とくに沖縄は、他県と陸続きの県境を有していないことをはじめ、文化、環境、基地等、様々な面でその特性が明確であり、大幅な地方分権を全国に広げていくパイロット・ケースとして適した地である。民主党は、「一国二制度」の大胆な発想・手法で、沖縄の自立・独立を推進していく。

 例えば、自主財源を確保させ、沖縄に財政運営を任せていくことを提案する。平成12年度の沖縄県の国税納付額が2736億円、一方、沖縄県(市町村を含む)に支払われた地方交付税と国庫支出金の合計は7450億円である。国からの支出を、全額使途を限定しない一括交付金として、財政上の主体性を確立させることが重要である。さらには、負担と受益の関係を明確化する観点から、国と地方の政府間財政調整制度のあり方も含めた検討を進めることが必要と考える。

また、介護保険制度も、沖縄の置かれた状況や特性を考慮しながら、沖縄に適した柔軟な制度を作っていくべき例の一つである。本島が本土から距離を有しているだけではなく、いくつもの離島が存在する沖縄では、介護保険制度を実施するうえで不利な条件に置かれており、硬直的に全国一律的な介護システムを適用することが困難な場合もある。地縁的組織など長寿県沖縄ならではの資源を活かすことをはじめ、地域の実情にあった柔軟な運用を認めることにより、不利は不利でなくなり、日本の他の地域での問題解決に役立つヒントを得ることができるはずである。

なお、分権の受け皿として民主党は道州制を提唱しているが、歴史的にも地理的にも独自性の高い沖縄は、九州と統合した単位で検討されるべきではなく、単独の地域とすべきである。
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本論からはやや逸脱しますが、まず最初に言っておくとすると僕は道州制の導入には反対の立場です。色々と理由はあるのですが、地域の格差が余計に拡大することは目に見えていますし、過疎地は一層の過疎化が進むことになると想定されるからというのが1番でしょう。しかし地方自治が現在十分な形で進んでいるとは勿論考えていませんし、そのために施策を打ち出していくことの必要性は十分に感じています。それを前提の上に話を進めていきたいのですが、ここにもあるように民主党がここで言っているのは沖縄を地方自治推進の一種のモデルケースとしていくということであり、それ以上でもそれ以下でもないのです。

その他、たとえば言語教育の中に中国語を..というのも恐らく沖縄ビジョンがその筋の人たちに懐疑的に取り扱われた理由の1つだとは思うのですが、もし沖縄が本来のポテンシャルを発揮するようにと考えたときには必ず必要になる場面はあると思いますし、歴史的な背景を考えても意義のあることだとは思うんですけどね。(ただ個人的には外国語教育の前に国語をしっかりやれというのが持論としてあるので、その「やり方」の如何によってはあまり賛成はしませんが...)

このように、冷静に読んでみると民主党の「沖縄ビジョン」というものは決して一部のネット右翼が騒いでいるような内容のものではなく、それどころかかなり理にかなった内容のものであることが分かります。(まぁ騒いでいたネット右翼の皆さんのうちの何割が原典を読んだのかどうかは分かったもんじゃないですけど...)


2、隠される米軍基地再編計画
続きましてはこの話題。米軍の極東基地の再編計画が水面下で進んでいることは多くの人が知っているところだとは思うのですが、肝心の中身については殆どの人が正しく把握していないんじゃないかな?というのが僕の印象です。

そもそも日米はそれぞれの思惑から‘本当のところ’を理解してほしくないのでしょう。結論から言えば米軍は中長期的には基地を沖縄から完全に撤退させるつもりだからです。ちょっと前の記事ですが、こちらを読んでみて下さい。

・官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転(田中宇)
http://tanakanews.com/091210okinawa.htm


タイトルからして唖然ではあると思うのですが、実際には恐らくそうなのです。早かれ遅かれ沖縄から米軍の多くは撤退するのです。そもそも沖縄に基地を置いておくことでアメリカは軍事的なメリットが何かあるのかと言えば、実際には殆ど無いのです。たとえば件の普天間基地ですが、実は1年のうちあの場所にどのくらい米軍が滞在しているかというと、なんとたったの3分の1なんですね。つまり半年以上はオーストラリアだったり本土だったり戦地だったりと各地を転々としているワケですよ。しかもジェット機の高性能化や長距離ミサイルのことも考慮するなら殊更です。ではなんで沖縄に基地を置き続けるのかというと、日米双方の支配層に利益があるからに他なりません。前の記事で辺野古基地の計画がそもそも沖縄の本土復帰前からあったということはお話ししたと思うのですが、それがのちに再び具体案として浮上したのは、お金を出す人が見つかったからです。そう、日本政府です。グアムの移転計画にしても日本が何故かお金を出しているようですし、更には恐らく行方不明のジャンボ機が留まっているであろうディエゴ・ガルシアの基地も日本のカネで賄われていると言いますからもう訳が分かりません。とどのつまり、アメリカにしてみれば米軍基地再編成にかかる費用を日本に少しでも多く出させるためにこのある種の茶番を続けていると考えられるのです。ちなみにこれは余談ですが、思いやり予算はアメリカでも「Omoiyari Yosan」で通じるのだとか。(※どうしても英語にしなくてはいけないときは「Host Nation support(親中受け入れ国支援)」と言うそうですが...)

では日本には何の得があるのか?これが難しいところなんですね。一般的には「しなやきたちょうせんからまもってくれる」ということなんですが無論そんな単純な話ではありませんし、繰り返すようですが北朝鮮の事実上の宗主国はアメリカですし、同様に中国の軍部(そして上海閥)を裏からコントロールしているのはやっぱりアメリカ。つまりユダ金お家芸のマッチポンプなのですよw では実態としてはどうなのかというと、その答えは至極単純で、現在のレジーム(体制)を守るために過ぎないのです。安倍晋三もそうですが、満州アヘン人脈に端を発する日本の支配層というのはアメリカ(もといユダ金)とベッタリな連中ばかりです。そしてその庇護のもとに確立しているのが官僚機構とマスコミなのですが、もし「対米従属」という大前提が崩壊してしまったらそうした勢力は一気に力を失うとともに、国民の大いなる反逆を受けることとなります。それが怖いからアメリカにすり寄り、一日でも長い対米従属を続けようと、そしてその象徴である沖縄の米軍を歓迎しているのでしょう。


~おまけ:沖縄セールス~
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さぁて本日ご紹介するのはこちらの商品。そうです、泡盛ですね。独特の味と匂いが「苦手だ」って人も多いと思うのですが、金武酒造の「龍」は比較的クセがなくて飲みやすいのが特色です。割モノはソーダでもコーラでも、はたまたルートビアでもいいのですが、ちょっとアルコールに自信(?)のある方は是非ともロックで一度飲んで貰いたいですね。

・我が家の食卓(撮影は9月19日)

お酒のお供には是非、そうめんチャンプルーなんかを作るといいと思います。ゴーヤはあまり得意じゃないのですが、ミミガーもいいですね。ちなみに現地のレシピに忠実にすると、ゴーヤチャンプルーも肉は入れないそうですよ。僕の場合は具材にトマトとシーチキンとアボガドを使うという大凡現地レシピとはかけ離れたものを作ってしまっているのですが、宅呑みにはこのくらいが丁度いいのですw 連載が終わったら木屋町の老舗沖縄料理屋「赤ひげ」で一杯呑みますよ。それを楽しみに頑張るのです。そんなところですが、本日はこの辺で失礼します,ジベリチャンプルー♪

2014年9月18日木曜日

沖縄論③:鳩山政権が沖縄に与えたもの



1、今回の概要
ということで、今回で3回目となる「沖縄論」ですが、今日の主題はズボリ鳩山政権の功罪なのであります。最終的にはテンヤワンヤで終わってしまった鳩山政権でしたが、実際ここがもたらしたものって結構多いんですよね。以下はTwitter上でアベノリスクさんという方がまとめてくれたものなんですが、まぁちょっと見てみて下さいよ。(ちなみに僕は8月15日にRTしてます。)



だからこそ支配勢力(マスコミ、官僚)の総攻撃を受けたのではありますが、ともあれ今日は鳩山政権が沖縄に与えたインパクトと、件の辺野古移設計画の歴史に主題に話を進めたいと思います。鳩山首相(当時)は、普天間基地の移設先について「最低でも県外」の方針を打ち出し、住民からの根強い反対の声を他所にして既に日米両政府の間で固定化されつつあった普天間基地の辺野古への移設計画を根本から覆そうとします。それにしても辺野古移設案というのは、いかにして出てきたものなのでしょうか?今日はそこからお話ししたいと思います。


2、辺野古の基地計画
辺野古の基地計画というものがいつ頃からあったのかというと、実は1960年代、つまり沖縄が本土に復帰する前の段階からあったんです。(1966年)ではなぜこれが実施に移されなかったのかというと、当時アメリカはベトナム戦争での出費とドル安で財政難だったからなのですね。その後1972年には沖縄が本土に復帰するところとなるのですが、それから四半世紀後の1997年に辺野古は普天間基地の移設先として浮上することとなりました。当時、県知事だった大田昌秀はこの計画に反対していたものの98年の知事選で自民党の推薦を受けた沖縄財界の要人でもある稲嶺恵一に敗れたことからこの方針が固められていくこととなりました。(ちなみにこのときの選挙では稲嶺陣営に3億円の官房機密費が流されたと言われています。当の稲嶺さんらは否定していると言いますが、これは日本政府の常とう手段であり、1968年に実施された初の琉球政府主席公選時にも使われています。先日行われた名護市長選や石垣市長選でも似たようなことがあったかもしれませんし、今年12月の知事選でも仲井間さんのところにお金が流れるかもしれません...。)

とはいえ、実はこのときアメリカは普天間の移設先を必ずしも沖縄に限ってはおらず、本土への移設計画も打診していたようですが、拒否ったのはどうやら日本政府のようです。ともあれ稲嶺知事は1つの条件を付けていました。それは「使用期限を15年とする」というものです。そしてこれを最大限の「沖縄県民が許容できる限界」としていたのです。(ガバン・マコ―マック、乗松聡子、著「沖縄の<怒>」105項より)ちなみに辺野古基地の建設に携わる予定の会社というのがどこかというとあの悪名高いベクテルなんですね。また辺野古に関しては、いわゆる辺野古土地転がし~ずの存在も忘れてはいけません。(それにしてもここに上がってる9人が、まぁ全員が全員ユダ金の手先みたいなのばっかりなこと...。)その後、辺野古移設計画は沖縄の頭上で日米が勝手に話し合うという形で継続。そんな中で沖縄は2009年の夏を迎えます。結果は民主党の圧勝。沖縄でも辺野古移設容認派の候補は全て落選するという結果になりました。


3、鳩山首相の失敗
就任後、党内工作員(前原、岡田など)の反発や、マイケル・グリーンをはじめとするジャパン・ハンドラーズの恫喝を受けながらも普天間問題に明け暮れた鳩山首相ですが、それから1年も経たないうちにアメリカに屈する形となり、鳩山さんは首相の座を退くこととなりました。ありていなことを言えば、結局鳩山さんが失敗した原因は移設先を探したことなんですよね。だってそもそも喜んでアメリカの基地を受け入れますよなんて場所はありませんし、国家の主権として「基地はいらない」ということを示すだけでよかったんです。「じゃあ僕たちはどうすればいいんだ?」とアメリカが聞いてきたら、「自分たちで受け入れ先を探しなさい」と言えばそれで済んだ話なのです。なぜ鳩山さんはそれをしなかったのか。人がよすぎたのか、或いはあの人もまた対米従属という関係を1日でも長く続けたいと願う政治家の一人だったのか、真相の程は定かではありませんけどね。ともあれ鳩山政権が生み出した‘余白という名の希望’の上に今の沖縄の抵抗があるのは言うまでもありませんし、その意味で一定の評価はしてもいいんじゃないかというのが僕の所感です。


~おまけ:沖縄セールス~


本日紹介するのは、沖縄では定番の炭酸飲料、ルートビア。スヌーピーでお馴染の漫画「ピーナッツ」にも度々登場するアレですね。ちなみにA&Wは直営のレストランをやっているのですが、日本国内だと沖縄にしか店舗はありません。那覇の国際通りを歩いたときに特に思ったことでもあるんですけど、アメリカ文化と沖縄の風土が折り重なったあの独特の空気ってやっぱり他に類を見ないものなんですよね。沖縄から基地が消えてもきっとこの文化はこれからも独特の進化を遂げていくんだろうなと思います。沖縄はもともとポテンシャルのある地域ですからね。基地とか大規模なリゾートとな無くっても、いや多分無い方がより一層の発展が望める筈なんですよ。次回でこの連載も4回目を迎えるのですが、ボチボチ佳境に入るものと思われます。文字ばかりのあまり楽しくない記事かもしれませんが、最後までまたお付き合いください。それでは今日はこれにて失礼します,ジベリ!

2014年8月30日土曜日

沖縄論②:琉球処分

ということで連載を進めていきたいワケですが、今日は沖縄という場所がいかにして日本に組み込まれたのかまで遡って話を進めていきたいと思うのです。というのも、そもそも論として、日本人の多くは沖縄がどのようにして日本に編入されたのかをよく理解していないんですよね。なんか気が付いたら日本に入ってたとか、下手をすると元々日本だったと思っている人すら居るんじゃないかとさえ思います。だから、まずはその歴史を正しく踏まえるところから始めようではないかということです。

1、琉球処分
実は、沖縄が正式に日本に組み込まれたのは比較的最近のことなんですね。それがこの章のタイトルでもある「琉球処分」ということになるのですが、これが明治初期の1872~1879年のことであり、とどのつまり沖縄は正式に日本に編入されてから未だ150年も経っていないのです。

しかし、琉球王国という独立国であった沖縄はなぜこうもスンナリと‘併合’されてしまったのでしょう。話はそこから270年前に遡ります。関ヶ原で後に語り草となる「島津の退き口」を決行し、戦に勝ったはずの家康を脱糞させたビビらせた島津義弘率いる戦闘民族薩摩でしたが、その後も領地を減らされたとは言え、それ以上の措置を取れないような状態にありました。その最中の1609年、薩摩は突如として琉球に侵攻します。

侵攻に至った経緯については諸説あるのですが、何れにせよ何かしらの外交的トラブルに端を発するもののようであり、薩摩は江戸幕府から征伐の御朱印を受けた上で実行したというのが実際のところのようです。殆ど非武装状態だった琉球側は、徳之島などでの小規模な戦闘を除けばあまり戦わず、一貫して和睦を求めたというのが定説であり、だいたい1ヶ月程度で琉球は薩摩に屈することとなりました。戦後処理として琉球王国は薩摩の附属国とされ、またここに於いて奄美大島が琉球より割譲されて薩摩の直轄地となったのでした。また、このとき首里城などにあった宝物や歴史書などが薩摩に持ち去られたようです。かくして薩摩の間接支配を受けることとなった琉球王国は「琉球は古来より薩摩の附庸国(衛星国)である」ことを述べる起請文を出すこととなり、以降琉球の強みのひとつでもある貿易についても薩摩がその実権を握ることとなったのでした。

その後明治維新を経て件の琉球処分に至るのですが、1872年の9月末には外交権が外務省へと移され、ここにおいて貿易国・琉球は姿を消すこととなります。またこの過程で琉球と冊封という一種の君臣関係にあった清と明治政府との間で外交衝突が起こることとなるのですが、これは事実上棚上げされて、その解決は日清戦争の結果を待つこととなるのでした。


2、ハワイとの比較
沖縄と立ち位置がやや似ているのがアメリカのハワイ王国でしょうか?元来独立国であったハワイ王国は1893年の1月17日にアメリカにより王国は転覆(ハワイ事変)、その後紆余曲折を経て95年に王国は消滅、そして1900年には併合されることとなります。(ハワイ領土併合法)ここに於いてハワイの住民は合衆国民となったものの、大統領選や副大統領選時の投票権は与えられず、また連邦議会議員選の投票権も与えられないなど、大幅な制約が設けられることとなったのでした。(ちなみにハワイが正式にアメリカの「州」となったのは1959年の8月21日のこと。)

それからおよそ1世紀後の1994年に米国議会とクリントン大統領(当時)はハワイ人の自治権剥奪に対する正式な謝罪をしたのでした。謝ったから許されるということでもないかもしれませんが、違う価値観を共有した上で、過去を克服していうこという姿勢自体は評価すべきだと思うんですよね。昨年4月には実質的には回復なんてしていない主権を「回復した」として仰々しくも式典を開いた我が国の政府とは歴然とした差があるといっていいでしょう。


3、誰からも謝罪されない沖縄
上記のように、比較的最近になってからではあるもののアメリカはハワイに対する侵略行為を一定認めた上で謝罪しています。しかし沖縄はどうでしょう?未だ誰からも正式な謝罪を受けていないのです。薩長政府も、それを引き継いだ今の政府も、そしてアメリカも、誰一人として謝っておらず、更に言えば加害者としての認識すらあるかどうか怪しいくらいなのです。「歴史」というのは視点を何処に置くのかによってその評価・見方が大きく変わるものです。1つの集団を形成していく上で「共通点」を探すことは勿論必要です。しかし、基本的に自分と他人というのは違うものです。だからこそ、「違い」を共有することはもっと重要になるんですよ。この辺は日本社会が見つめ直すべきところだと思うんですけどね...。ともあれ今日の内容はここまで。次回は時間軸を現代に移して話を進めていきたいと思います。


~おまけ(参考文献とか沖縄セールスとか)~
今回の連載について、読者の方から「ちょっと沖縄の宣伝みたいなのも入れたらいいんじゃないか」という意見を頂いたので、参考にした文献の提示とともにこれからは毎回こういうコーナーを設けていこうと思います。今日紹介するのは小林よしのりさんの「沖縄論」と、2011年の沖縄来訪時に宿泊したホテルです。



色々と物議を醸すことも多い小林よしのりさんですが、この本に関しては本当に同意するところが多かったですね。いわゆる保守派の論客、小林よしのりさんの言葉を借りれば「自称保守」ということになると思うのですが、そうした人たちの多くはアメリカの蛮行に目をつぶり、ただひたすらに中国の脅威を煽るだけという姿勢を未だに変えようとしません。それに対して小林さんは本当に沖縄に寄り添い、そして本土ではなく沖縄を中心にして沖縄の抱える問題を考えようというスタンスを明確にしています。

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特筆すべきは、同著の中で一章を割いてまで瀬長亀次郎に言及しているという点。社会主義運動を出発点とし、沖縄の日本復帰後は共産党に属するなど大凡小林さんとは思想背景が違うであろう人物を、そういう色眼鏡を抜きにして沖縄の主権回復のために戦った義士として忠実に描いているところでしょう。この辺は産経新聞やチャンネル桜には到底できないであろうことであり、そうした意味でもやっぱり小林よしのりという人物は面白いと思いますね。


で、次に紹介したいのはリザンシーパークホテル谷茶ベイという恩納村にあるリゾートホテル。写真にあるように目の前に海があるのに加えて、ホテル内にはプールや温浴施設もあり、その他レストランやバーなんかも併設されています。

・部屋からの眺め

僕が行ったのは3月の上旬だったのですが、テンションが上がっていたこともあったのか、最終日には海で泳いでましたからねw 8月も明日で終わり、次第に季節は秋へと移っていくと思うのですが、多分沖縄はあと1~2ヶ月は夏気分を味わえると思うので是非とも足を運んでみてください。そんなところですが本日はこれにて失礼します,ジベリ!