洛南ジャーナル
伏見を拠点に活動するストリート系ジャーナリスト、Senichiが中心となってお送りするウェブ新聞。発行はスタッフのテンション次第。地元伏見の情報を中心に、音楽、映画といったエンタメ情報や裏社会の動向までをもお届けします!コメントは自由にして貰って結構ですが、記事に無関係なものは原則削除します。それから執筆等の仕事の依頼および質問等は下記アドレスにお願いします。 t.senichi@gmail.com
2026年10月12日月曜日
物書き20年、べしゃり10年
2026年9月22日火曜日
深夜のファミレスで呑む
ファミレスは作業場であり呑処でもある。それは前述した通りだ。最近はめっきり減ってしまったが、深夜のファミレスというのも乙なものである。あの喧騒が、ややカオスな空気が1つのテイストとして空間を醸成している。そんな中で書籍に目を落とし、或いはこうして執筆に耽る。なんとも幸せな時間ではないか。
昔、うちの近所にはファミレスがあった。フレンドリーという関西ローカルのファミレスだった。ここで我が修士論文は構成されたし、数多のブログ記事もまたここでの孤独なブレーンストーミングの末に紡ぎ出されたのである。
これも以前に言ったが僕はどうにもファミレスの雑炊が好きなのだ。シメなのか謎のトランジットなのかは分からないが、たどり着いたファミレスで適当な酒と雑炊を注文する。妙にあれが旨いのだ。その後向かうのはその日の宿か終電か。よせばいいのにバーに向かうのか。その果てが見慣れたバッドエンドだとしても我々は酒場へと向かうのである。ちょっと一杯という守られる気配ないマニフェストが今日も高瀬川を流れていく。ある意味風流だ。
上賀茂神社境内の小川を流れる数多の式神のように、果たされなかった(或いはそもそも形だけだった)公約たちがキラキラと流れていく。さて明日はどこへ行こう。いつの日か僕も輝くのだろうか。雲の間に輝く月を見上げ、或いは輝くネオンを見つめながら僕は夜の街を闊歩する。きっと短い夜の取るに足らない物語だ。
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2026年8月30日日曜日
最後の最後のバカ騒ぎ
突然ですが今僕は名古屋へと向かうバスに乗ってます。まぁ早い話が出張なんですが、だったらということで1日先に前乗りして名古屋めしでも満喫しようではないかというやつです。
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まぁ歴史系の話も今後ブログは元よりnoteとかYouTubeでも どんどんやってきますんで。相変わらず歴史ヲタなんでw ・今年も楠公さんの夏祭りに行ってきたよ 最後まで楽しみましょう。それでは皆様ハヴァナイスデー。ジベリ! |
2026年8月24日月曜日
ひとり夏休み
なんか最近知ったんですが人生エンジョイ勢って言葉があるらしいですね。 かなフィム曰く「お兄様みたいな人。ちいかわで言うハチワレとか 栗まんじゅうみたいなやつ」らしいです。いや人生なんざ楽しんでなんぼ やろがいと思ってる僕なんですがみんなそうでもないんでしょうか。 まぁ旅も人生も目的地と同じくらい道中をどう楽しんだかが肝心と思ってる 人間なんで...。ともあれぼちぼち下山します。ジベリ! |
2026年7月31日金曜日
文月の終わりに
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2026年7月16日木曜日
酒呑みコンチキチン
祇園祭が今年もハイライトを迎えている。一般的には祇園祭といえば17日(奇しくも同日はあのノアの箱舟がアララト山に漂着した日であるというのは過去に述べた通りである。ついでに我が妹分のかなフィムの誕生日でもある)の山鉾巡行だろうが実際には前祭の宵山こそが一番の山場であり、京都市民でも山鉾巡行を当日現地に見に来るものはあまり多くはない。だいたいみんな涼しい部屋でゴロゴロしながら片手間にKBSの中継を観るのだ。その一つの理由はとにかく暑いからだろう。何の誇張もなくあれは殺人的である。
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そんな鉾町を瓶酒片手に闊歩するのが楽しくもあったものだ。しかし人が多すぎる。まともに山鉾すら見えやしない。出店もいいがやはり祭の本分を見失ってはいけない。宵山の真骨頂はあの動く美術館であり動く神殿を間近に見られて山鉾によっては登ることすらできるということなのだ。あと宵山デートも乙なものだが人の多さには覚悟されたし。ついでに言えば付近のホテルはもれなくぼったくろうとしてくる。稼ぎ時ゆえ仕方ないのだろうが何とかならないものかと時たま思う。まぁ浴衣姿の彼女と鉾町を眺めながら過ごすための対価と考えたら妥当なのだろうか...。長らく祇園祭を楽しんできた僕に言わせれば、前祭の宵山は日帰りにしておいて、物静かな後祭を鉾町付近での泊まりデートにすることをひっそりとオススメする。ホコ天もなければ露天商もない後祭こそが本来の祇園祭の姿のようで何とも趣深いのである。
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ついでに言えば前祭ではやはり蟷螂山がオススメです。巡行当日は絡繰で動く様(何年かに一回くらい不具合を起こす)を見れますし、宵山ではおみくじが引けたりしますので。各々の山鉾が一つの寺社仏閣のような扱いですし、朱印を集めたりお気に入りの粽を探してみるのも粋な楽しみ方ですよ。各地でお祭りが目白押しのこの季節。楽しんだものがちなのは人生も同じ。つまるところ人生なんざ終わりのない祭みたいなもんなんですよ。つうことでこれからも皆さん毎日を楽しんじゃいましょう。それでは本日はこれにて失礼致します。ジベリ!
2026年7月5日日曜日
六月に浮かぶ
6月が終わった。それは即ちその年の半分がもう終わったことを意味する。半年が終わったのだ。些か早すぎやしないだろうか。思い返せば子どもの頃の1年は長かった。今の時間軸では語りようもないほどに1年を長く感じた。よく大人たちが「20越えたらあっという間やで」とか「25過ぎたら早いでー」なんて言っていたが、どうも強ち間違いではないのだ。誰かが時計の針に細工でもしているのではないかとたまに疑いたくなるほどだ。 ・ベローチェにて。 そんなこんなで2026年も後半戦に突入する。いつかの繰り返しになるが生きている限り僕たちには消化試合なんざ一つもない。毎日が1回戦であり決勝戦かもしれないのだ。人生とはワールドカップのようなトーナメントではなく総当たり戦なのだから。 ・鱧を食べたよ。 ちなみに今日のタイトルはNo Regret Lifeの楽曲からの抜粋である。ラジオでも語ったがこの曲の歌詞を見て驚いたことがある。「六月の雨がもう過ぎて三度目の暑い夏が来る」という歌詞ではじまる。どうやら三度目というのはおそらく彼女が離別してからという具合のようだ。まさしく僕もそうだ。結局行方も去った理由も分からぬまま、彼女のいない三度目の夏を迎える。元気にやっているのだろうか。騒動の当初は怒りも無くはなかったが今はただただ心配である。上手くやれているのだろうか。こっちはそれなりに楽しくやっている。相変わらず助けられてばかりだけど。彼女の周りもそうであれば良いのだが。しとしとと降る雨を眺めながらともに過ごした日々を少しだけ懐かしく思い出した。気圧にやられて2人して部屋でゴロゴロした休日や、急な大雨でずぶ濡れになりその様を見て互いに笑い合った日々のことを。いつか何もかもを手に入れたとしても、そんな日のことを懐かしんだりするのだろうか。あの最低にして最高な日々のことを。 ----------------------------------------------------- そういや最後に小田和奏さんのライブ行ったのって多分コロナ前だったんじゃないですかね。コロナ禍の日々は本当に地獄だつたなとふと思い出したり...。折角ライブに月イチで行ける日々が戻ってきたんですしまた足を運びたいものです。ちなみに2日後には柴田聡子さんのライブに、来週火曜にはあいみょんのライブに行ってきます。相変わらず素晴らしい日々を僕は謳歌しています。うちのアシスタントも京都大作戦とか行って楽しんでるといいんですけどね...。それでは本日はこれにて失礼致します。ジベリ! |



















