思えば1年前もここにいた。回転喫茶で珈琲を飲みながらスカイブルーに広がる世界を眺めていた。この回転喫茶よりも早い速度で時代は周る。目まぐるしく変化している。あっという間に1年が過ぎる。
歴史は繰り返すのではなく韻を踏むと言ったのはマーク・トウェインだったろうか。磯田道史さんもいつぞやかそんな話をしていた。韻を踏むと言えばヒップホップの世界なので詳しくはないが、たしかになるほどときに歴史とは似たような事象が起きがちだ。一強のあとは衰退するし災害のあとには不景気が来るし不景気のあとには政治の世界も目まぐるしく動く。戦争とてそうだ。日進月歩はテクノロジーだけで人間の本質のようなものは良くも悪くもあまり変わっていないなと思うことがある。
先人たちは教訓を遺す。しかしいつかそれらは忘れられる。そして繰り返す。大凡そんなところか。ジャーナリストとして、歴史ヲタクとして、或いは表現者としてできることはやはり「伝える」ことだろう。「伝え続ける」というべきか。諦めの悪さには定評のある自分である。物書きとして、配信者として、やれることはやり尽くそう。よく学びよく働きよく遊ぶ。きっと1年後もこのコーヒーカップの先にスカイブルーの景色が広がっていることを、店内にカップルの談笑と子どもたちのはしゃぐ声が聞こえていることを切に願いたい。
2026年4月27日
洛南ジャーナル主筆および志士会代表
天王寺センイチ


















