2023年8月20日日曜日

5日遅れましたが…

 皆様ご無沙汰です。最近YouTubeに全振りでホッタラケになってましたが読者も数人いるようですし、何とかまたペース落としてではありますがこちらもアップしていきます。とりあえずタイトルの通り5日遅れましたがこちらから。毎年恒例の敗戦の日に寄せた談話です。

今こそ「戦争反対」を声に

「そら人が滅ぶからやろ」、人を殺してはいけない理由を聞かれた東野幸治さんが返した言葉である。戦争はあらゆる意味での非常事態である。人を殺してはいけない、人のものを奪ってはいけないという当然のような道徳が破られる。

「それは分かるが攻めてきたらどうするんだ」と誰かが言う。ロシアのウクライナ侵攻から2年半が過ぎたが事態は膠着していて収束の目処は立たない。成程いくらこちらが反戦を解いていても侵略されてしまっては元も子もない。だから軍備をというのは当然の論理にも見れる。

しかし現実はもう少し複雑だ。今回のロシアの侵攻とて大義名分はロシア系ウクライナ人を守ることであった。ゼレンスキーが多かれ少なかれそうした弾圧に加担していたことは間違いなさそうであるし、そうなるとウクライナが完全に善であるとは言えなそうだ。無論侵攻したロシアに非がないとは言えないが、ともあれ近現代における戦争というものは往々にして「守る」ことを旗印に始められるのが基本である。2022年時点で世界10位の軍事費を支出している我が国において更なる軍事費拡大は本当に必要なことだろうか。今一度中身を精査してはどうだろうか。

そしてもう一点。戦争とは商機である。先の大戦(大東亜戦争)とて財閥は大いに儲けた。戦争屋はその戦争がどうなろうが儲かるように出来ているのだ。泣きを見るのは大多数の名も無い庶民たちである。

政治家の仕事は言うまでもなく血を流さない外交をすることであり、戦争屋の飼い犬として戦争を煽ることではない。かつてクリント・イーストウッドはこう言った。「戦争を美しく語るものを信用するな。 彼らは決まって戦場にいなかった者なのだから。」と。たしかに戦争の惨状を直に体験した五木寛之さんと戦争中にも優雅に汁粉を食っていた作家とでは言うことが違う。戦争とは往々にして悲惨だ。だからこそ我々は言い続ける必要がある「戦争反対」と。念仏じゃあるまいし言ってどうなるでもないが、それを口に出来なくなってからではもはやどうしようもない。


2023.8.20

洛南ジャーナル主筆及び志士会塾長

天王寺センイチ

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・みんな観に行ったかな?

YouTubeでは既にした話ですが宮崎駿さんは戦争時わりと平和に裕福に過ごしていた側の人でした。まぁ戦争を知らない人のみんながみんな戦争を勇ましく語るということでもないということでしょう。

・最近生配信多めw

たしかこのときの配信中に今回のプロットは作ってとんです。なんですがその後また色々考えて今の形に落ち着きました。広島サミットの欺瞞に関してはまたどこかのタイミングで改めて。とりあえず今夜はこれにて失礼します。ジベリ!