2013年2月10日日曜日

まちづくり論①

エッセイ10連発も3日目に入ったのですが、意外に記事一本を書くというのは大変であり、ぜェぜェ言ってるところだったりしますw そんなところですが、今日のテーマはズバリ「まちづくり論」。それを大きなテーマとして2つの記事を書きたいと思います。

1、まちづくりとは?
昨今、よく耳にするとしてこの「まちづくり」というものがあると思うのですが、そもそもこれは何を意味するのでしょうか?まちづくりというのはそのまま「街作り」ではあるのですが、どうしてもこう漢字で書くと「シムシティ」的な感じになっちゃうんですね。要するにハード面の意味でしか捉えられていない傾向にあるということです。しかしながら通例「まちづくり」というときには行政サービスや地域振興のためのイベント(いわゆる町おこし)も含めたソフト面での意味合いも含有されることとなります。

2、近年の「まちづくり」への注目
今日では多くの自治体がこの「まちづくり」を主要なテーマとして取り上げており、役所においても「まちづくり課」なるものが設置される場所も少なくはありません。この背景には一体何があるのでしょうか?1つには経済状況の変化があります。戦後日本は莫大な経済成長を背景に都市の‘拡大’を中央集権的に延々と進めてきました。しかしそれは限界を迎え、次第に持続可能な都市計画という方向性にシフトすることとなります。

2つ目には豊かさの本質の変化が挙げられます。少なくとも衣食住には困らなくなった我が国はより良い社会の模索を始めます。つまり「最低限度のもの」から「より良いもの」を求める方へとシフトしていったのです。そうした中で従来の中央集権的な都市計画への批判も起こり始めます。その街に相応しい都市設計や行政サービスの模索が始まったのです。(つまるところ、「この街じゃなきゃいけない理由」を作ることを始めたのであります。)

3、「ないもの作り」か「あるもの探し」か?
ある町が何かしらの「まちづくり」(あるいは町おこし)をしようと考えたとき、することは大きく分ければ次の2つです。1つは「ないもの作り」であり、もう一つは「あるもの探し」です。前者はディズニーランドを作った浦安市を想像してもらえればいいと思います。後者は昨今話題のB級グルメを活用した町おこしや、その町の歴史人物や歴史的な建造物、或いはその町が登場する作品などを用いた町おこしが当てはまるでしょう。(バリィさんをはじめとする「ゆるキャラ」による町おこしは両者の混合型といったところでしょうねw)

しかしながら、「ないもの作り」というのは実のところあまり上手くいきません。その街にそれを持ってくることの必然性がなければ多くの場合は最終的に失敗に終わりがちです。その意味で浦安市の事例は例外中の例外と言えるでしょう。(逆に失敗例としてはデンマークのテーマパークを作った倉敷市なんかがありますね。)とはいうものの、「何もない街だってあるじゃないか?」そんな意見もあると思います。しかし本当にそうでしょうか?それは気づいていないだけかもしれませんよ。

4、よそ者と若者とバカ者と
ではどうしたら「あるもの」に気づけるのでしょうか?ズバリ外の視点を取り入れるのです。たとえば...です。港町で生まれた人間にとって身近に海があるのは当然であり、それがあることには何ら特別性はありません。しかしそこを訪れた人にとっては違います。海辺の街並みの風情に心惹かれるかもしれませんし、夕日の美しさに感動するかもしれません。そうなんです!意外と身近なところに「何か」はあるものなのです。

昨今、まちづくり(ないし町おこし)には3つのアクターが必要だと言われています。それはよそ者と若者とバカ者です。この3つには共通することがあります。それは失敗を恐れないことです。故に彼ら(ないし彼女ら)は果敢な挑戦ができるのです。また富士宮やきそばの仕掛け人である渡辺英彦さんはそこに「ホラ吹き」を加えると以前、テレビで言ってました。つまるところ、「根拠のある大風呂敷」を広げられる人が必要ということかもしれません。そしてその大法螺にとことん付き合うバカが居れば完璧...ということでしょう。

ここまでは文字通り「まちづくり概論」をお届けしたのですが、次はちょっと違う視点からまちづくり論を考えていきたいと思います。しばしお待ちください^^

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