2013年2月9日土曜日

大河ドラマ「平清盛」はなぜコケたのか?




昨年の大河ドラマ「平清盛」は平均視聴率が14.5%と歴代最低水準の超低空飛行で幕を閉じました。当初より苦戦が報じられていたのですが、実のところ僕は結構このドラマよく観てたんです。それは一つに僕が天邪鬼な性格であるが故のことだったのですが、もう一つ言うと平清盛っていう人物自体が比較的好きな歴史人物だったからなんですね。平清盛といえばまず思い出されるのが「平家物語」ですが、そもそもあれは源氏が天下を誇ったあとに造られたものであり、中立性を著しく欠いているのは言うまでもありません。冷静に、そして客観的に平清盛という人物を見たとき、どのようなものが見えてくるのでしょうか?


1、過小評価されている人物の一人
多くの人が忘れているのですが、それまで護衛集団くらいの立ち位置だった武士団の地位を大きく向上させたのは、他ならぬ平清盛です。世界史では「ムハンマドなくしてシャルルマーニュ(カール大帝)なし」なんて言葉があるのですが、それと同じように「清盛なくして頼朝なし」なのです。(もっと言えば足利尊氏も徳川家康もなかったかもしれません...)武士で初めて太政大臣になったのも清盛でした。

また日本の経済史を考える上では貨幣経済の礎を築いた人という側面もあります。たしかに富本銭や和同開珎など貨幣が造られてきたことはそれまでにもありましたが、長期的に見るとこれらはあまり普及しませんでした。そもそも当時の日本には銅が不足してました。しかし末法思想に起因する仏具需要の高まりもあり、銅が必要な状況にあったのです。そうした状況を鑑みた上で清盛は宋の銅銭を大量に輸入し、それをそのまま「通貨」として流通させることを考えたのです。ではそれまでは何が基軸になっていたかというと、実は絹なのですね。(絹本位制とでも言いましょうか?)勿論絹で徴税している朝廷権力とのせめぎ合いは不可避でしたが、平家失脚後も貨幣経済へのシフトは更に進行していくこととなったのです。日本の経済史を見るとき、平清盛は避けては通れない人物なのかもしれませんね。

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それから港町神戸の基盤を作ったことも大きな成果と言えるでしょう。日宋貿易の発展のために作られた大輪田泊は港湾都市神戸の重要なバックボーンとなったのでした。とはいえ現状、神戸港に行ってウルトラマンに思いを馳せる人はいても、「清盛ありがとう」と思う人は殆どいないでしょう。本当はそう思って然るべきなのです。皆さんが神戸で素敵なクリスマスを過ごせるのだって実は平清盛が居たからなんですよ。(←そうなのかw?)

それから「平家にあらずんば人に非ず」に象徴される清盛の独裁者イメージですが、これとて平家物語に出てくる一幕というだけの話であり、実際にそう発言した確証もありません。清盛が嫌われているのは恐らく貴族の支配力を弱めたことに起因しているのではないかと思います。朝廷機構を中心とした政治から武家政治へとシフトするきっかけを作ったワケですから恐らく朝廷の古くからの権力者たちには嫌われていたことと思います。もしかするとそのことが潜在的に影響しているのではないでしょうか?

また経が島(きょうがしま)という人工島を作る際、人柱を建てるよう進言する公家の者たちの意見を一蹴したという逸話からも分かるように、平清盛という人物は決して残虐な人物ではないのです。(そもそも清盛が冷酷非道の人物であれば、源氏は平治の乱のあとに滅んでいてもおかしくなかったのですから...。)


2、ドラマがコケた理由
僕はあのドラマが数字を残せなかった理由について僕は次の3つがあるのではないかな?と思っています。第一には清盛という人物が概して一般大衆受けするセレクトではなかったというところです。(逆に織田信長や伊達政宗、坂本龍馬あたりであれば否応なしに大衆ウケは狙えるでしょう。)先述のとおり「平家物語」の悪者イメージが強く、また上述したような歴史上の意義も殆ど理解されていません。そうなると食いついてくるのは少し歴史に精通している人々...ということになるのですが、そういう人たちにとってはツッコミどころが満載(前半の義朝と清盛の中途半端な一騎打ちなど、僕から見てもそれはないだろうという描写がたしかにありましたw)で、逆に「時代考証はどうなってるんだ?」という批判的議論を呼び起こすことになってしまったのでしょう。

第二にはこのドラマが清盛を英雄ないし革命家といったような新しい視点から見るという斬新な視点を取り入れた一方で、終盤に近付くにつれて平家物語のイメージに引きずられてしまったことがあると思います。権力を握った者の腐敗みたいなのを描きたかったのだとは思うのですが、あまりにその変化がドラスティックであり、個人的にはまるでスターウォーズのアナキン・スカイウォーカーを見ているような気分でした。(その場合後白河上皇がパルパティーンポジでしょうかw?)

もうこの際、源氏を「恩を仇で返す悪者」くらいの描写にしても面白かったかもしれません。「中立的」とか「事実に忠実」なんて言ったところでそれには限度というものがあり、少なからず見方に偏りが出てくるのは不可避の現象だと思いますから...。




とはいえ個人的にはそれなりに面白いドラマだったという印象なんですけどね。先述の時代考証の話しにしたって、それはそれでシュールな笑いのネタに見えなくもないですし、清盛役の松山ケンイチさんの演技も秀逸でした。(嫁が韓国で出産するという手の込んだステマに手を出さなければ完璧でした。←どこに突っ込んでんねんw)それから時たまBGMとして流れるカッチーニの「アヴェマリア」が印象的でした。文字だけ見てると平安時代のものにそんな曲が...と思う人も居るかもしれないのですが、これが本当にその場面にピッタリなんです。

そして3つ目にはそもそも論として「テレビ離れ」が進行していることがあるのだと思います。大本営発表を垂れ流しにし続けるメディアに多くの人が愛想を尽かせてきているのは明白でしょう。そしてドラマやバラエティにしても同じような内容のものしかなく、テレビ自体に食傷気味になっていることも多少は影響しているのかもしれません。(ぶっちゃけ積極的にテレビ観てるのなんて高齢者とB層くらいでしょうからw)

3、「八重の桜」はどうなるのか?
となると気になるのは今年の大河ドラマである「八重の桜」でありますが、果たしてヒットするのでしょうか?夫の新島襄にしても多くの人には同志社大学を作った人くらいの認知度しか無い(というか僕も大河で取り上げられるまで八重のことは知りませんでしたw)と思うので人物の知名度からすればかなりの苦戦が予見されます。主演の綾瀬はるかさんが比較的人気のある女優さんではあるので一定数観る人はいると思うのですが、民放ではキムタク神話も崩壊しつつあるようですから、役者の魅力だけで...というのは些か無理がある話だろうと思います。

そもそもこのタイミングで会津の絡むエピソードを持ってくること自体がなんか胡散臭いというか白々しいというか...。しかも話しによると国交省の復興予算がこのドラマのPR費用として3.4億円も使われているそうではないですか?聞いて呆れます。(「ならぬことはならぬものです」と誰か役人さんたちに言ってあげてくださいw)なので少なくとも現状は、下手をすると清盛以下の視聴率ということもあり得るのではないかな?というのが僕の分析です。

1日にエッセイ2つというマニフェストにもかかわらず昨日は一つでしたが、今日3つ書く事で帳尻を合わせたいと思います。それでは皆さん、また後ほど^^

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