2008年6月27日金曜日

暗黒年間⑤・転生~壁の崩壊~

この連載をやって、自分的にも結構,過去の整理が出来たりしてて、その流れでまた「作詞」とかも出来たりしてます。あと,もう一つ、連載って大変だな・・・と。漫画家の方とか、コラムニストとかやってる方は凄いなと感心してしまったりしてます。まぁ,でも何にせよ、これでこの連載もラストです。



 今回の話は高校3年の後期から始まります。夏休みという大台を超え、いよいよ試験は間近に迫っていました。そんな中,10月の下旬にある事件が発生します。いわゆる「履修問題」(正式名称・高等学校必履修科目未履修問題)です。この一件によって、学校ではその後,かなり無理のあるカリキュラムが組まれ、事態の収束が図られることになるのですが、この時,僕は思いました。「これって悪いのお前ら(政治家・官僚,そして教職員)だろ?生徒は何も悪くないだろ?何で俺らがお前らの敗戦投手をやらなきゃいけないんだ?」 と。僕は周囲の人たちに「抗議しよう。」と持ちかけましたが、誰一人として耳を貸しはしませんでした。ここが日本か北朝鮮かで無ければ、こんな平穏には収束しなかったでしょう。恐らく各地でデモが起こっていたはずです。なぜ日本人は何もしないのか?このことに限った話ではありません。いきなり消費税が上げられたときも、国民投票法がいきなり可決されたときも...。マゾか、それで無ければただの現実逃避としか思えません。(勘違いされたくないので言っておきますが、別に僕はデモや暴動を煽っているわけではありません。ただ,何のアクションも無く、なされるがままの、まるで衆愚政治のような日本社会の現状を憂いているのです。それゆえ,最近の民主党の躍進と、それに伴う世論の強化を目の当たりに、少しは安堵しているところです。) 
 
そうした状況下,僕はといえば改めて「社会の矛盾」に気付かされ、ゆっくりと舵を左に切り始め、そしてうっすらと「革命」への意識を強めていました。そして,いつの間にか、あの高い壁も,ガラガラと崩れ始めていました。
 
 そして2007年,大きな変革の年が幕を開けました。履修問題によって大きくスケジュールを狂わされたことや、また例によっての親のプレッシャーや無能なガコの先公どもの邪魔にも負けず、不屈の精神で戦い抜きましたが、結局,第一志望の大学には受かれませんでした。でもそれまで(高校入試や中学の試験)の時のような「後ろめたさ」とかを感じることは無く、なんか負けたのにすっきりと晴れ渡った気分でした。もしかすると、この時点で、「壁」は崩れていたのかもしれませんね。その先のこともよく分からないのに、気分は前途洋々でしたから。
 
 その後,前も言ったとおりギリギリの段階で今の大学が決まって、念願の関西進出に成功したのですが、学部はご希望の文学部ではなく法学部でした。でも前から政治には興味があったので、すぐに馴染んでしまいました。(勿論,今でも文学部目標でやってますが。)

本格的に政治を勉強するようになって僕が分かったのは、まず,自分が目に見えているものしか見ていなかったということ。そして,今の日本の政情がとてつもなく危ういものだということでした。巨大化した資本主義が「新自由主義」という化け物に成長し、世界を牛耳らんとしていることを・・・。こうなれば僕は左舵をいっぱいに切って、掲げる旗は赤!って感じです。最も綿密には僕が掲げているのは社会主義や共産主義ではなく、「社会民主主義」なので、ちょっと「赤」と呼べるかどうかは疑わしいのですが...。
 
でも何にせよ、僕にとっては大きな変化であったことは間違いありません。その革命の年から1年近く経ち、僕は20歳になったわけですが、これからが本当の戦いだと思ってます。人生はますます面白くなってきましたよ。凪の海ではありませんが、だからこそ越えていくのがおもしろいんです。波が大きければ大きいほど、その先にある景色はより美しいもののような気がしますから。

<あとがき>

履修問題のとき、何より僕が憤りを感じたのは、校長や学年の主任、あるいは教育委員会の人間や担任の教師などから「謝罪」の言葉が聞けなかったことでした。僕は法律には詳しくありませんし、法律が本当に人にとって平等な存在であるとは思っていません。ですがそれ以前に僕は、次の4つを守るよう心がけているのです。


①人の迷惑になることをしてはいけない。

②むやみに人を傷つけてはいけない。

③先述した2つのようなことをしてしまったときは心より謝罪し、

それ相応の償いをしなくてはならない。

④誰かから恩恵を受けたときは感謝の言葉を述べなければならならず、

また,その気持ちを忘れてはいけない。

というごく単純な4つです。法律とか何とか言う前に、これらを忘れている人が多すぎる気がします。(増してや、人に物を教える立場の人間がそれを忘れているとは如何なることか...)

 ところで僕は、人生の節目節目で、音楽に助けられました。一度は放棄したはずの音楽に。高校に入って、何にも突破口を見出せなかった時も、クイーンイーグルスなどに救われましたし、大学入試のストレスや疲労を吹き飛ばしてくれたのは松下奈緒さんのピアノでしたし・・・。僕が思うに、音楽とは「力」であり、「心」です。なんかベタなこと言ってる気がしますが、本当にそうだと信じています。

 最後になりますが、僕の「革命」とは何なのか,それを述べたところで今日の,そしてこの連載の締めくくりとしたいと思います。僕の言う革命とはズバリ,「個々への革命」です。自らの行動や言動,あるいは人生そのものをかけて、他者の中に「変革の嵐」を巻き起こす。個々の間で生まれた革命は、徐々に拡大し、ついには世界を包み込む...。それゆえ、「対話」と「行動」こそが、最強の刀となり盾となるのです。 

長くなりましたが、では,いつかの「革命」の日に向けて・・・,ジベリ!

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