2009年9月2日水曜日

‘ともだち‘を作ったモノ

                   ・映画のポスター



なんか核心に迫るタイトルですが、今回は予告通り『20世紀少年/最終章 ~ぼくらの旗~』のレビューをやります。


(*以下,一部ネタバレを含んでいるので、読みたくない人はアーカイブから過去の記事でも漁って読んでいてださい。)



この話は2017年(ともだち暦3年)から始まります。‘ともだち’による殺人ウイルスの散布によって、世界の人口は3分の2にまで減少,東京は巨大な壁で隔離され、都民の行動はともだち府によって管制されている...。という背景の下,話しは進行します。

 

‘原作とは異なるラスト’という触れ込みで話題のこの作品ですが、まぁ,観に行ってみて下さい。ある意味では納得できるものですし、ある意味ではちょっとムリのある展開です。

 

と,言いつつも、アレですよね。○年×組の頃のクラスのメンバーを全員覚えているか,と聞かれるとビミョーですから...無くは無いのでしょうかね?ああいうのって(笑)

ただ,そうしたものを差し引いてしまえば、‘救われる展開’ではあったと思います。

 

前回作と同様に、やはりこの映画はキャストとキャラのマッチ度が素晴らしいですね。前作で映画史に残ってもおかしくは無い名シーンを演出してくれた豊川悦司さん扮するオッチョは、今作でもその魅力を十二分に発揮してました。同じく前作を盛り上げてくれた平愛梨さん扮する‘氷の女王’ことカンナ,今作では若干ダークな感じでしたが、これがとにかくカッコ良かったです。(ってか,雰囲気がYUIっぽかった。俺はなんだかんだ言って‘カッコ良い女‘に弱いらしいwww)あと木南さん扮する小泉響子のハマリ具合いも前作同様でした。台詞が殆ど無いのにあの存在感ですらねwww

 

しかしながら、今作一番の熱演は、何てったって唐沢寿明さん扮する謎の男‘矢吹丈’ことケンジでしょうね。原作を読んだ時は「これどうするんだろう?」と思っていたのですが、いざ観てみると、成り切っちゃってますからね。あれはケンジ以外の何者でもありませんでした。

あと,個人的に好きな俳優の一人である佐々木蔵之介さん,毎度ながら流石です。そして,やっぱりカッコ良いです。(っても,顔は殆ど出ませんけど...。)



ただ,残念だったのは、

 

1、サダキヨが出てこないこと。

 

2、1に起因して、サダキヨが仲間たちに看取られるシーンが無い

 

3、万丈目が改心しない

 

4、3に起因して、万丈目の成仏するシーンが無い

 

5、カンナとキリコが再会(?)するシーンが無い

 

この5点が残念でした。原作読んでるときから、ここは好きなシーンだったんですよね。やっぱりそれが無いのはさみしいですね...。それとカツマタ君(幼少時)と万丈目との会話で登場した「コピーのコピーが天下を取る」みたいなやつ。アレも残しておいてほしかったです。カツマタ君の心理描写として、結構重要な一言のように思えてならないんですよね,あれは。

 

<以下は内容の考察>

 

~①‘ともだち’を考える~

 

僕はケンジやオッチョよりは、フクベエやカツマタ君に近い(?)ところがあると思うので、ホント言うと、‘ともだち’の気持ちが結構,分かる口ではあるんですよ。カツマタ君と同じく僕も「いじめられていた側」の人間ですし...。正直僕も‘明日なんて来なければいい’だとか‘どいつもこいつも死んでしまえばいい’って考えた時期が無くは無いんです。

 

勿論,今はそんなことありませんけど(笑)

 

では,僕はいかにして‘負の克服’を図ったか?というと、ズバリ,音楽や執筆で昇華したんです。(綿密には、「した」っていうか,現在進行形ですけど...。)

 

先日も中学生だか高校生だかが、「人生に嫌気が差した」などと云って自殺してしまう事件がありましたが、僕に言わせれば、「人生なめんな!」って感じです。たかが10数年生きただけで分ったようなこと言うな,って感じです。そりゃ確かに辛いことがあったのだと思うし、そこまで追い込んだ奴がいるのだとすると、許すまじものではあるけど、それでも‘自殺’はダメっ!と思うワケです。増してや10数年生きただけで...。そりゃ人生ってイヤなこともあると思うんですよ。でも,きっとそれを忘れる位に面白いものとか夢中になれるものとかって、絶対に見つかると思うんです。僕が音楽や文学,或いは歴史学や政治学に没頭したように、きっと誰もが見つけることが出来ると思うんです。だから、それを見つける前に死んじゃうなんて、勿体無すぎると思うんですよ。それが見つかれば、人の道から外れることも無いと思うし、増してや死のうなんて思わないでしょう...。 

~②カツマタ君を殺した者,‘ともだち’を生み出した者~

 
カツマタ君は死んで無かった。でもフクベエらに‘死んだこと’にされ、次第に忘れられた彼は、皆の記憶からも‘殺される’こととなる。そしてついには彼自身が彼を殺すこととなった。そして,それが結果的には‘ともだち’を生み出すことになった...,といったところでしょうか?

 
ケンジは、自分の罪を被せられたカツマタ君をよそに、罪悪感を覚えながらも遂に懺悔することなく大人になった...。きっかけを作ったのはケンジですから、彼の罪悪感も御尤もなのですが、しかし,彼だけの責任か?と云えば、それは些か間違いのように思います。ヨシツネの言う通り、‘ぼくら’全体の責任...なのでしょう。誰かが手を差し伸べていれば、少なくとも‘ともだち’は生まれなかったかもしれないのですから...。

 
要するに‘ともだち’を生み出したのは、「子ども特有の残酷な一面」だったのではないか?と僕は思います。そして‘彼’は、どこか子ども染みた狂気を発揮することで、過去を拭い去ろうとした...。といったところでしょう。結局のところ‘ともだち’の欲していたものというのは、「友達が欲しかった」とか「みんなにチヤホヤされたい」みたいな至極ありふれたことだったのではないか?と僕は思ってます。

  でも,やっぱりこの作品って凄いですよね。ただ単にカルト教団の話かと思いきや、それだけでは終わらないものがあって...。特に‘ともだち’という人物のキャラを考えると、本当に奥深く感じます。


毎度の長文ですが、今日はこれにて,ジベリ!

・20世紀少年<最終章>予告編

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